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第12話 名前を呼んで

長い冬期休暇が明け、兵士たちは再び訓練の日々が始まる。 その折、グラントがわずか二十一歳にして少佐へと昇進した。 部隊は若き将校の誕生に湧き立ち、祝いの空気に包まれていたが── その中でただ一人、エリスだけが、どこか距離を置いた態度を見せていた。 その日は、執務室の机に向かって書類に目を通していたグラントのもとに、エリスが静かに現れた。 「失礼いたします。グラント少佐、報告書の確認をお願いします」 ぱたん、と書類を閉じる音。 グラントはじっとエリスを見上げた。 「……あ?」 「本日付の任務報告です。ご確認の上、ここに署名を」 冷静で、礼儀正しく、だが…遠い。 「おい、ちょっと待て」 「何でしょうか、少佐」 その呼び方。その声音。 「なんだそのよそよそしい話し方は」 「…はい?」 「“少佐”とか、“お願いします”とか。俺にそんな堅苦しい話し方してなかっただろ」 「ですが、あなたは今や将校です。敬語を使うのは当然の礼儀です」 「俺はいいと言っている」 「それでも、少佐は“少佐”です。職務上、けじめは──」 「けじめなどいらない。お前に距離を置かれる方が、よほど困る」 エリスの目がわずかに揺れる。 普段、強気なまなざしを崩さない彼が、ふと口元を引き結んだ。 「……なぜ、そんなに気にされるのですか」 その問いに、グラントはほんの一瞬だけ目を逸らして、 「お前が離れていくようで……嫌なんだよ」 その声は低く、苦い本音のようだった。 エリスの心臓が跳ねた。 「……」 一瞬の沈黙。 そしてエリスは、視線を逸らしながらぽつりと呟いた。 「……わかりました。では、二人の時だけ、タメ口にします」 グラントの眉がぴくりと動く。 「“します”?」 すると、エリスはじわじわと頬を赤らめ、眉を寄せてむすっと睨みつけた。 「っする!わかったから!もう!」 その反応に、グラントの口元が緩む。 「それでいい」 その声が、思いのほか優しかったから。 エリスは思わず胸の奥を押さえたくなった。 こうして、二人の距離はまた──少しづつ、近づいていく。

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