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第14話 その瞳が、焼き付いて離れない

晩餐会も終盤に差し掛かり、会場には落ち着いた華やぎが漂い始めていた。 外交の堅い話題も一段落し、残るのは笑い声と酒の香りだけだった。 グラントは一人の令嬢に呼び止められていた。 「グラント少佐。今夜、ご一緒していただけませんか?」 淡い紅を唇にさしたその令嬢は、さきほど紹介されたばかりの公爵家の娘。 その出身国は、正直あまり良好とは言えない関係にある。 少し離れたところで彼女の父親が、グラス片手にこちらを見ていた。静かに、だけど鋭く、グラントの出方を伺っているようだった。 無下にすれば、両国の関係に不穏な影を落としかねない──そういう“圧”が、視線から伝わってきた。 (…面倒な相手だ) 自分は、番もおらず、少佐になったばかりの身。 外交の場において“十分な配慮”が求められる。 まして相手は名家の娘。その誘いを断る正当な理由など、どこを探しても見つからなかった。 「……部屋を、用意させます」 そう返すと、令嬢はほっとしたように微笑んだ。 * 晩餐会が終わり、貴族たちは続々と王城から退場していく。 迎賓門に並ぶ黒塗りの高級車の列。警備の兵士たちが整列し、見送る形で立ち尽くしていた。 その中に、エリスの姿もあった。 ふと、耳に入ってきた囁き声。 「……あれ、見ろよ」「おいおい、グラント少佐、お持ち帰りかよ」 振り返った先には、令嬢の腰に手を添え、車へとエスコートしていくグラントの姿。 夜風に吹かれ、ブロンドの髪が揺れている。 その隣には、淡く輝くホワイトブロンドの令嬢。グラントの腕に寄り添い、嬉しそうに笑っている。 エリスの呼吸が一瞬止まった。 その一瞬に、ふと顔を上げたグラントと目が合ったような気がした。 だが、すぐに令嬢の方へ視線を戻された。 二人の乗った車が見えなくなるまでのわずかな時間が、やけに長く感じられた。 ***** 晩餐会の夜。 手配されたのは、王都中心部にある高級ホテルの一室だった。 広々とした室内には静寂が満ちていた。 重厚な深紅のカーテンに挟まれた窓の向こうには、王都の夜景が淡く広がっている。 外の世界から閉ざされた寝室に、わずかな灯りと二人の影だけが残されていた。 静けさの中、彼女の白い指先がゆっくりと軍服の前をほどいていく。露わになった熱を秘めた逞しい輪郭を、楽しげにゆっくりと撫でる。 「なんて熱いの…」 囁くような声に、微笑が滲む。 「うふふ、素敵…こんな身体、見たことないわ」 彼女の唇が喉元に触れ、湿った吐息を這わせながら滑り落ちていく。しなやかな指先は、彫刻のように引き締まった腹筋をひとつひとつなぞり、その起伏を確かめていた。 「ふふ、もっと荒っぽいのかと思ってたのに…案外優しいのね?」 キスも、抱擁も、情事も、すべて彼女のペースだった。 グラントはただ流されるだけ。触れられれば応じ、求められれば動き、快楽を与えればいい。 ただそれだけ。 そこに心はなかった。 彼女の好奇心と情欲を満たすための道具に、感情など要らない。 彼女の吐息が次第に熱を帯びる。昂りの波が身体の奥から込み上げる快感に身を震わせ、グラントの背に縋り付く。 「グラント様っ…!」 その声に反射的に顔を上げた瞬間── 視線が絡んだ。 深い、濡れた緑の瞳。 その瞳の色に、エリスの影が重なる。 あの細くしなやかな腰を抱き寄せ、自分の熱で揺さぶれば、潤んだ瞳がこちらを見上げて──── 「……っ!」 空想と現実が交錯し、快感の波が一気に押し寄せた。その想像に支配され、思わず堪えきれず果てた。 * 静けさが戻ると、肌の熱を残した令嬢は、遠慮もなく甘くすり寄りてきた。 「ねぇ、まだいてくださるんでしょう?」 その声に、グラントは身体を起こす。ソファの縁にかけてあったシャツに腕を通しながら、言葉を探した。 「…申し訳ない。公務がありますので」 「まぁ、つれないのね。せっかくご一緒したのに」 名残惜しげに笑う彼女の視線を背に、グラントは丁寧に、だが最小限の挨拶をする。 「……良い夢を。おやすみなさい」 それだけを残し、彼は静かに部屋を後にした。 肌に触れた熱はすぐに消え、胸に残ったのは名も知れぬ罪悪感だけだった。 廊下を歩く足取りは重かった。 靴音は重厚なカーペットに飲み込まれていく。 (なぜあんな顔が焼き付いているんだ…) なぜ、あのときエリスを思い浮かべたのか。 なぜ、こんなにも強く罪悪感を感じるのか。 答えは出ない。 グラントは、名付けられない感情を胸に抱えたまま、静まり返った廊下の闇へと溶けるように歩き去った。 

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