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第18話 発情と執着

「あーあ、飛び出すから間違えて打っちった」 笑いながら注射器を軽く持ち上げたゲンゼルは、まるで悪戯に成功した子供のような顔をしていた。 恐怖と混乱で震える少年の前に、ふらつく足でルカが立ちはだかる。 「この子に手を出すな」 白い肌に汗がにじみ、足元に思うように力が入らない。 それでも翡翠の瞳は、恐怖よりも怒りで燃えていた。 「そう言ってられるかな?」 ゲンゼルはニヤリと笑い、鼻先でルカの香りを嗅ぐように身を乗り出した。 「身体熱いんだろ、苦しいんだろ? そうだよなぁ……オメガを強制的に発情させる薬なんだから」 「っ……!」 ルカの瞳がわずかに揺れた。 「さすがの特殊部隊兵でもキツいだろ? 言われた用量よりちょーっと……十倍ぐらい濃くしちまった」 「……っなぜ、それを……」 「知らないとでも思ったか?俺はずっと追ってたんだよ、お前を。あの時から、忘れらんなくてよぉ。……“ゴードン”が教えてくれたよ、全部な」 その名に、ルカの瞳が大きく見開かれる。 「おっと、口が滑った!…まぁいいか、どうせこれから正気失うんだし」 ゲンゼルはゆるりと振り返り、後ろに立っていた二人の手下に顎で指示する。 「チビを押さえろ。俺はこっちと──」 「──させない!」 その瞬間、ルカが床を蹴った。 ふらつく体をどうにか抑え込む。 足を力強く踏み込み、最初の男の手首を払い落とすと、肘を折り畳んで喉に叩き込む。 「ぅっ……!」 喉を押さえて倒れる男の脇をすり抜け、もう一人、 「…っん…」 意思を無視した甘さが不意に走る。 その隙を狙って、男がルカの足を払い、脇腹に拳を打ち込む。 「ぐっ…!」 打撃の衝撃でバランスを崩したが、その隙にガーターベルトの留め具から毒が仕込まれた針を抜き取り、男の首元に突き刺した。 「が……ッ、あ、アァ……っ!」 毒素が神経を伝い、男は痙攣して崩れ落ちる。 「まだそんなに動けるとは……さすがだな、ルカ」 ゲンゼルが口元を歪める。ルカの背後では、恐怖に染まった少年が震えていた。 「ルカ……」 「リアン、大丈夫」 ルカは彼をそっと抱きしめ、耳元で小さく囁いた。 「右に出てまっすぐ走って。黄色の箱を見たら、それに向かって助けを呼んで。僕の仲間が来てくれる」 離れると、声を張って叫んだ。 「──逃げてッ!」 少年は戸惑いながらも駆け出し、通路の奥へと姿を消す。 ルカはその背を見送ると、ぐらりと膝が崩れ、手を床についてしまう。 「っはぁ、はぁ…ぅん…!」 体は限界に近い。 喉が焼けるように熱く、内側から、じわじわと火が灯っていく。視界も潤み霞んでいく。 (離脱、しなきゃ…) ぼうっとする頭の奥、それでも理性はギリギリのところで踏みとどまっていた。 (待機する兵士たちに、何か伝えないと…) 震える手を耳元へ持っていく。小さく硬い感触が指先に触れた。 その時だった。 ──バキィッ‼︎ 鈍い音と共に、エリスの視界が激しく揺れる。 気づいたら時には、耳から頭への鈍い痛みが走り、床へ崩れ落ちていた。 「悪いねぇ。邪魔されたくねぇからよ」 砕けたインカムを掴み、眺めながら愉快そうに笑った。 (くそ……っ) 逃げなければ。 しかし、熱に浮かされたように思考がままならない。 (考えろ……考えるんだ、僕……!) 理性だけが必死に抗っている。 「これで、ようやく“じっくり楽しめる”な」 ゲンゼルが鼻息荒くにじり寄って来る。 「っく……やめろ……!」 逃げようとする脚が言うことを聞かない。呼吸は上がり、体中の神経が妙に敏感になっていく。 フェロモンが、自分の意思とは無関係に溢れていくのを感じた。部屋の空気がねっとり甘くなる。 「っあぁ…!なんてフェロモンだ…!今まで嗅いだことのないほど、極上だ…」 男の鼻先がエリスの首筋に埋まり、ねろ、と舌が這う。 「んぁぁ…!っいや、やめ、ろ!ぃやだ…!」 気持ち悪い。なのに体は勝手に跳ね上がる。 乖離していく心と体に涙が込み上げる。 ゲンゼルは乱れたシャツに乱暴に手をかける 「このシャツも、脱がせてやるよ。見せてくれ、六年前の続きを…!」 ガーターを指で弾き、白くなだらかな脚を撫でる。 「ああ、この脚が、たまらなかったよ。吸いつく白い肌……」 「ぅ…はなせ……っ!」 必死に押し返そうとも力が入らず、無駄な抵抗となってしまう。 ゲンゼルは下腿に唇を寄せると、舌でなぞり、その場所をだんだん上へと滑らせる。 「はは、濡れてきたな…エロい匂いだ…」 太腿の付け根から秘部へと鼻を寄せ、息を吸い込む。 「や…め、ろ…」 このままじゃ、まずい。 意識が──飛ぶ── その時だった。 バァン──────!

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