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番外編:気配を嗅ぎつけて

エリスが任務に就く数日前のこと。 グラントは、ここ何日か、まともに眠れていなかった。 ヴァレオン王国内で密かに広まりつつある“赤い蜜”。 それは正体不明の薬物で、僅かな摂取でも意識を奪い、本能を暴走させるという。 毒性・依存性・誘発性。どれも異常。 しかも、それが児童のオメガを狙いに流通しつつあるという最悪の報告が上がっていた。 (もし大量に出回れば、制御不能の犯罪が多発する) グラントはその捜査の最中、ある名にたどり着いていた。 ──ゴードン上院議長。 民政の要職にありながら、裏では違法研究と流通に関わっていたという疑い。 「ゴードンの周りで、失踪事件が数件続いています。昨日も、ゴードンの部下の息子がいなくなったようです」 その報告に、グラントは眉をひそめた。 (人身売買の線も繋がっている、か) そしてある夜。 グラントたちの部隊は、ゴードンが密売人と落ち合うという情報を掴み、ホテルの一室へ突入した。 開けたドアの先で、見た光景は── 「っ……!」 薬物を打たれ、瞳の焦点を失った少年が、ゴードンに押し倒されていた。体には至る所に切り傷やあざが刻まれていた。 すぐさまその場にいたゴードンと密売人の全員を叩き伏せた。 取り調べを行うと、一人の関係者が浮かび上がった。 (ゴードンと繋がっていたのは…ゲンゼル) 軍需企業の幹部。 六年前、武器の横流しや密売が発覚し、その身を落とした男。逮捕には“ルカ”が関わったらしい。 現在は、再び裏社会の頂点を狙っているという。 児童売買、違法薬物、そして失踪事件。 そこに“ゲンゼル”の名が浮上したとき── グラントの中で、ひとつの線が繋がった。 (目的は、未成年の商品化とその嗜虐ツールか) そんな矢先だった。 作戦室の隣を通り過ぎる兵士たちの声が、微かに耳に届いた。 「今日の任務、ルカのご登場らしいな」 「色任務ってどうやるんだろうな。俺らじゃ無理だよな」 「ははっ、お前はかけられる方だ!」 ──ルカ? 一瞬、時が止まったようだった。 「おい、今なんて言った」 姿を見せたグラントに、兵士たちは一斉に背筋を伸ばした。 「す、すみません!少佐!本日、特別任務としてスパイ“ルカ”が動くそうで……」 「任務内容は」 「ゲンゼルのもとへ潜入、諜報と接触が目的だと聞いています」 胸がざわついた。 血の温度が一瞬で冷え、背筋に氷が這う感覚。 (あの男に、“ルカ”を…?) 「それはいつだ」 「じ、十五時より行動開始と。すでに出発されたかと──」 言い終える前に、グラントは踵を返していた。 「クローネ、書類は任せる。第三・第五班、俺に続け。武装して現場へ向かう。急げ」 「了解!」 命じる声は鋼鉄のように冷たく、焦りを隠さなかった。 (まさか、エリスをまた“ルカ”に戻すなんて…) 怒りと不安が混じる感情が、喉の奥で渦を巻く。 ──何もなければいいが。 嫌な予感を抱えながら、グラントは風を切るように駆ける。 黄金の瞳に、燃える炎を宿して。

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