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第21話 昇進祝いの飲み会

ルカの一件から二年が経ち… エリスは二十一歳にして大尉へと昇進した。さらに、参謀としての任を受けた。 任命式が終わった午後、 エリスは、訓練の音が微かに響く廊下を歩きながら、制服の肩章に指先を添える。 新たに刻まれた重みが、ようやくその事実を実感させた。 (…少尉になった時より、なんか……実感、あるな) 自室に戻ろうとしたその時。 「おーい、エリス!」 懐かしい声が響き、はっと顔を上げる。振り返れば、見知った顔ぶれが数人、廊下の端で手を振っていた。 「久しぶりだなぁ、お前!」 「少尉になってから訓練も別々になっちまって、全然会えねぇじゃねぇか!」 「なによりビビったのがこれだよ、参謀だって? はぁ〜、偉くなったなぁ坊や!」 「う、うるさいなぁ!坊やじゃない…!」 懐かしい顔ぶれは、かつて訓練を共にした部隊の仲間たち。あの頃、新兵や下士官だった彼らも、今や士官になっている。年上が多く、エリスよりも早く昇進していた彼らだったが、今や彼の肩章には“大尉”と“参謀”の印がついている。 けれど、こうして気さくに話しかけてくれる人たちがいることが、心からありがたいと思う。 「お前がこんなにちっちゃかった頃が懐かしいなぁ〜」 「その話、何回するの!?僕はもう大人です!」 言葉ではそう言いながらも、エリスの口元は緩んでいた。懐かしい空気に包まれたことで、自然と肩の力も抜けていく。 「そういや、せっかく久々に会えたんだしよ。昇進と参謀任命の祝いも兼ねて、今夜飲みに行かねぇか?」 「おうおう、下町の旨い店知ってんだよ。お兄さんたちが奢ってやるからよ」 「……え、ほんとに?」 思わず目を丸くするエリス。今まで軍務が忙しく、休日は訓練か勉強に費やしてきた。二十一歳になっても、下町の酒場に行ったことなど一度もなかった。 (……みんなと、飲みに行けるんだ……) 「うん、行く。僕、いちばん高いお酒頼むから!」 「おいおい、言ったな〜!」 「財布が死ぬぞ〜!」 賑やかな笑い声が廊下に響き渡る。 夕暮れの心地よい風に吹かれながら、“初めての夜”に向けて、エリスは歩き出した。 ***** ざわざわと賑わう酒場。 天井近くで回る扇風機の音と、立ち上る湯気、鼻をくすぐる香ばしい匂い。そして何より、軍の会議室では味わえない“活気”が、胸をふわっとくすぐる。 「おっしゃ! じゃあ今日は──」 「エリスの大尉昇進!参謀任命!それと、俺たちの再会を祝して!」 「「かんぱーーーい!!」」 仲間たちが掲げたジョッキがガチンとぶつかり合い、泡が弾ける。エリスも少し重たい大ジョッキを持ち上げて乾杯に応じ、口をつけた。 「──…っ!」 口いっぱいに広がったのは、炭酸の刺激と、ほろ苦くも香ばしい風味。 ワインとは全く違う、新しい味に、思わず目を見開いてしまう。 「なにその顔〜!」 「おまえ……かわいいな〜!」 「やめろってば!」と抗議する間もなく、ごつい手が何人もエリスの黒髪をわしゃわしゃと撫で回す。 それでも、エリスは笑っていた。みんなの顔を、声を、熱気を。全身で感じていた。 「おまえ最初はツンツンしてたよな〜、俺たちのこと睨んでばっかで」 「そっちこそ、わざと当たり強くしてたくせに」 「いや〜、それは……若気の至りってやつ!なぁ!」 「はい、全員反省文ね」 わいわいと懐かしい話に花を咲かせ、ジョッキの中身は次々に空になっていく。 二杯目を飲み終えた頃、エリスの頬はほんのり桜色に染まり、目元が少し緩んでいた。 「んふふ……あっ、これ、おいしい……」 「お、酔ってきたな?」 「僕ね、これ、ぜったい、また来たいなって……うぅ、お腹いっぱい〜…あ、でも、これは食べる…」 「いいぞいいぞ〜好きなだけ食え!お兄さんたちが払ってやる!」 「ほんと〜?ふへへ……」 まるで昔の子どもに戻ったかのような、甘く幼い声色。 エリスは初めてのビールと、初めての下町料理に、そしてなにより、仲間との再会に、心の底から幸せそうだった。 ***** 夜も更け、別れ際に名残惜しく手を振ったあと、エリスは一人、ふわふわと兵舎の中を歩いていた。 足元はしっかりしているつもりでも、思考はどこかとろんとしていて、頬は熱を帯びたまま。 (今日は、楽しかったな……) そう思いながら自室の廊下を曲がったところ── 「……ん?」 目の前にいたのは、深夜にも関わらず軍服姿のまま、書類を持って廊下を歩いていたグラントだった。 「エリスか?」 声が低く響く。 その声に、エリスのとろんとした視線がぴたりと止まった。 「──あっ」 ぱちっと、目が合う。 酔いが、一気に耳までのぼる。 にっこりと笑ったエリスの声は、普段の堅いものではなかった。 「グラントぉ……!」 「……っ!」 火照った顔で、小さく駆け寄ってくるエリス。 その揺れる翡翠の瞳には、普段見せない、柔らかく無防備な感情が滲んでいた。

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