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第22話 酔い夜、無防備な君
「……酒、飲んだのか?」
静かな夜の廊下に、グラントの低い声が響いた。
軍服姿の彼の視線は、ふらりと寄ってきたエリスに注がれている。
「うん…。クラークたちと、久々に会って……飲みに行ってきたの」
その声は、どこか甘くほどけていて、ふだんの緊張感はどこにもない。足元もおぼつかなくて、何度かつまずきそうになっている。
「ふらついてるな…送ってく」
「え…だいじょうぶ、僕、一人で……」
「いいから」
グラントはため息混じりにそう言い、空いている手でエリスの腰をしっかり支える。
そのままゆっくりと、エリスの部屋へ向かった。
*
部屋に入ると、エリスをソファへと座らせる。
グラントはテーブルの上のピッチャーから水を注ぎ、コップを手渡した。
「ほら、水飲め」
「ありがと…」
両手でコップを受け取ったエリスは、こくこくと水を飲み、ふぅ、と小さく息を吐く。まだ頬は赤く、まぶたがとろんとしていた。
「今日ね……すごく楽しかったの」
「そうか」
グラントが隣に腰を下ろす。エリスの体温がすぐ隣にある。けれど、それ以上近づくには許可がいる。そんな距離感だった。
ぽつりぽつりと、エリスが飲み会の様子を語り始めた。
普段自分から話すことが少ないのに、酔っているせいか、言葉がどこか幼い。でも、その分だけ素直で、無邪気で。
「びっくりしたのがね、酒場にいた女の人に、声かけられて……」
グラントの眉がぴくりと動いた。
「……女?」
「うん。最初はクラークたちとだけで飲んでたんだけど、いつの間にか、女の人が隣に座ってて……。それで、そのうち、アントンは女の人と一緒に店を出て行ったんだ。ロベルトは、ふふっ、一緒に踊ってた…。クラークとかザックは……その、キスとか、してて……」
「…………」
「僕の隣に来た人もね、すごく綺麗で大人っぽい人で……髪とか、顔とか、触られて、“初々しいわね、酔ってるの? かわいい”って……」
グラントの眉が深く寄る。
「ははっ、“初めての大人の夜も、知ってみない?”だって──」
「それで?」
食い気味に、グラントが問う。
エリスはぽかんとした顔で見上げた。
「え?」
「寝たのか?…そいつと」
自分でも信じられないくらい、低く荒い声が出た。
思わず問い詰めるような言い方になっていた。
エリスはきょとんとしたあと、すぐに小さく首を振った。
「……ううん。やっぱり僕、好きじゃない人と、それはできないから」
その言葉に、グラントは胸を撫で下ろしかけ──
「でも……流されても、良かったのかなって…」
──また、今度は心臓を殴られたような衝撃が走った。
「恋なんて、僕には無縁だし……。男なら、ああいうとき、誘いにのらないといけないのかなって……」
「……っ!」
無防備で、無自覚で、それでいて、どこまでも綺麗で。
「違う」と言う前に、グラントの体は動いていた。
──エリスの顔を引き寄せ、唇を塞いだ。
「──…っ!? んん……!」
驚いて目を見開くエリス。
酔いのせいか、体に力が入らない。押し返そうとしても、その手はかすかに震えるだけ。
グラントの手はしっかりと肩を押さえていて、逃げられない。
「……ふ、ぁ……」
熱を帯びた唇が触れるたび、頭がふわふわしてくる。
息を奪うように舌が入り込むと、
「んぅっ……!」
と小さく声が漏れ、胸に置いていた手が無意識にグラントの服をぎゅっと掴む。
そんな初々しい反応が、さらにグラントの理性を曇らせる。
熱く舌を絡ませ、ぽってりとした唇を何度も啄み、じわっと溢れる唾液を啜るように、深く、長くキスを重ねる。
エリスはなすがままだった。
「ふぅ…ん、んっ……や、ぁ……」
気づけば、エリスの細い体はソファに押し倒され、背に置かれたクッションの上に黒髪が艶やかに散る。
息を呑むような、深いキス。
「……エリス……」
それでも、
唇を離した瞬間、グラントの視界に映ったのは、
──涙を浮かべたエリスの瞳だった。
「……!」
グラントの中で何かが、急に凍りつく。
「……っ悪い」
それだけ呟いて、グラントは立ち上がる。
エリスの手を引くことも、抱き寄せることもなく、振り返らずに部屋を出て行った。
バタン、と扉の閉まる音が部屋に響く。
ソファの上、エリスはぼうっとその背中を見送るしかなかった。
──驚きと、気持ちよさと、嬉しさが、勝手に零れてしまっただけ。
なのに。
「……なんで…キス、したの?」
掠れた声が、静かな部屋に落ちていく。
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