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番外編:察しのいい男①

グラント少佐の仕事ぶりは、いつも通りだった。 報告も指示の伝達も、任務の遂行も一切の乱れなし。 部下たちからは「さすが鉄鬼」と畏敬を込めた視線が向けられる。 ──だが、 (……違ぇな) クローネ・アストレア。 十九歳でグラントが曹長に就いた時から、ずっとそばにいた。昇進して少佐になった今でも、彼の補佐官として常に横で見ていた。 だからこそ、わかる。 いつもの無表情、いつもの無言。 だが、動きの端々に、ほんのわずかな「間」がある。 たとえば、いつもはすぐに指示を出す場面でも、ほんのコンマ数秒、目線が泳ぐ。 ほかにも、資料をめくる指がほんの一瞬止まること。 何かを言おうとして、言わないまま口を閉ざすこと。 なにより──エリスの話をしない。 それまでは「エリスが新しい作戦立てた」だの、「訓練の組手、エリスがまた全勝だった」だのと、口数少ない中でも話していた。無意識に、まるで当然のように。 なのに、ここ一週間。ぱったりとそれが消えた。 そのくせ、他の誰かが「そういえばエリス大尉が~」などと話せば、ぴくりと表情が揺れる。 誰も気づかない一瞬。だがクローネにはわかる。 (わかりやすっ……!) いつも通り隣にいるが、内心では思わず額を押さえていた。 * 数日後、昼休憩の時間。 エリスが資料を読みながら廊下を歩いていると、すっとクローネが横に並んだ。 「やぁエリス。ちょっといい?」 「クローネ中尉?こんにちは」 「うん、こんにちは。あのさ──」 何気ない調子で歩きながら、クローネは軽い声で問いかける。 「グラントの様子、ここ一週間で変だと思わないか?」 「──っ」 ぎくっ、エリスの肩がわずかに跳ねる。 (あるな、これは……) 「……さぁ?別にいつも通りですよ?」 明らかに目が泳いでる。耳まで赤い。オフだとこうも嘘が下手なのか。 クローネは、それでも追及の手を緩めない。 「そういや、エリスが昇進した日。クラークたちと飲みに行ったって聞いたけど」 「はい。行きましたけど…」 「その夜、グラントと会ったり…してない?」 「えっ!……会いましたけど。でも、それだけですよっ!?」 一段と赤くなる顔。声が裏返ってる。 (バレバレじゃないか) 赤面しながら、けれど必死に否定する姿が可愛く見える。思わず笑いそうになるのを堪え、平然を装う。 (なるほど、会ってる。でも、“それだけ”じゃねぇな)  クローネは内心で苦笑する。 (手ぇ出したな、絶対……) でも、エリスの様子からして拒絶しているように見えない。ただ、互いに妙に距離を詰めあぐねてるような……そんな不器用な空気が漂っている。 (なんなんだよ、この拗らせカップル……) ため息を飲み込み、クローネはエリスの肩をぽんと軽く叩いた。 「……ま、無理には聞かないよ。ただね…さっさとケリつけてくれ。こっちがモヤモヤするから」 最後にウィンクをひとつ。 そのままエリスの先を歩いて去っていく。 目をぱちくりさせて見送るエリスがぽつりと、 「ケリつけるって、何を…?」

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