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第24話 現れた王子様
先日の大規模戦闘は、グラントが中将として率いる部隊の初陣だった。見事な成功を収めたその戦いの功績により、エリスは二十三歳にして中佐に昇進した。
グラントのすぐ傍で、国に、部隊に、貢献できている。少しずつ、彼に近づけている気がする。
──ただ、あの宴以降、ずっと気まずい距離のままだった。
業務上では何も問題はなく、衝突することもない。
良いことのはず…なのにそれが寂しかった。
喧嘩ばかりしていたバディ時代に戻りたい、と思ってしまうほど。
密かな喜びと寂しさを胸に抱いていたある日、隣国リューネスから国王一家が公式訪問にやってきた。
目的は、近々予定されている合同社交会の下見と打ち合わせ。国王、王妃、そして皇太子レオンと皇女ヘレネも同行していた。
*****
王への謁見の場。
グラントは他の将官たちと共に、玉座の間に居並んでいた。エリスもその一角に控えている。
その時──
「……まあ……!」
まだ十五歳の皇女ヘレネが、並ぶ将校の中でグラントを見つけ、瞳を輝かせた。
その視線は次の瞬間には「グラント様〜!」という可愛らしい声と共に、真っ直ぐ彼へ向けられることになる。
以後、ヘレネはグラントを見つけるたびに笑顔で駆け寄り、何かとお茶や散策に誘うようになった。どうやら、謁見の場で一目惚れをしたらしい。
エリスはその様子を微笑ましく眺めていた。
グラントにはきっと、ああいう明るくて素直な人が似合うんだろう。彼は無口だから、その場を楽しく和ませられる、そんな人が……
そう思うたび、胸の奥がちくりと痛んだ。
(あの日の…優しく包んでくれた大きな手も、熱を帯びたキスも──誰かのものになってしまうのかな)
自分でも、そんなふうに思ってしまう心が醜く思えてくる。
冷たい風当たって頭を冷やそうと、中庭へと歩いた。
*
中庭のベンチに座り、ふぅ、と息を落ち着けた。
その時、足音が近づき、誰かの影が差した。
「……こんなところでサボりかな?噂の参謀殿」
振り返ると、金糸のような髪を揺らす二十四の若き皇太子──レオンがいた。
整った顔立ちに、どこか皮肉げな笑みを浮かべている。
「それにしても……幼く見えるね、君。
それで戦闘部隊の中佐で参謀とは、信じがたい…」
目を細め、エリスの全身を上から下まで見定めるように眺める。
「その美貌が取引の道具として使われ、有権者達の私腹の肥やしとなっているのではないか?
その“対価”の参謀とか?」
あまりに露骨な侮蔑に、エリスは一瞬だけ目を伏せた。だが、すぐにまっすぐ見上げる。
「そのような方も、確かにいらっしゃるでしょう。でも──」
風に揺れる黒髪の下、翡翠の瞳が真っ直ぐにレオンを見据えた。
「私の所属する部隊の長、ダグラス元帥は、そして我が王は……決してそのような方々ではありません。国と国民を第一に考え、命を懸けて守ろうとされるお方です。
私は、その志に忠誠を誓っています」
まるで剣のような、静かな強さ。
その瞳の奥に揺れる信念に、レオンは息を呑んだ。
(……この視線、これは嘘じゃない)
思った人物ではないのかもしれない、と少しだけ警戒心が薄らいだ。
いつの間にか、話題は国や政策へと移っていた。
ふいにエリスが話しだす。
「……私は、リューネス王国の教育政策に深い敬意を抱いております」
レオンはわずかに眉を上げる。
「……ほう?」
「特に、辺境地において教育機関を設立し、識字率や基礎学力の向上に尽力されている点。さらに、第二性に関する知識とその制御を教育課程に取り入れた点。
──すべての国民に学びと自立の機会を与えようとする姿勢に感銘を受けました。
貴族社会が根強く残る状況下で、あの施策を推進されたこと、多くの障壁があったと推察いたします。それを乗り越えて成されたご決断に、深い慧眼と覚悟を感じております」
その言葉に、レオンの目が見開かれた。
「あれを、知っているのか……?」
エリスは静かに頷く。
「自国の発展のために、周辺国の施策を学んでおくのは当然のことです。
……あれが、リューネスという国の在り方なら…私は素敵だと思います」
レオンは言葉を失った。
あの政策を進めたのは、まさに自分だった。
貴族たちの反発も大きく、表立って行えなかった。批判の声に晒されながらも信じて推し進めた、自分の理想。
それを、遠く離れた国の参謀が知っていた。
しかも、その真意まで。
(……この人は、ただ美しいだけじゃない)
真っ直ぐな心、気高い忠誠心、国を越えて真摯に向き合う姿勢──そのすべてが、レオンの胸を深く打った。
隣で話すエリスの横顔は、陽の光を受けて柔らかく輝いている。
その言葉に、表情に、心が揺れる。
(……この人を、私の隣に。叶うのなら──伴侶として)
まだ言葉にはしないその想いが、静かに芽生えた瞬間だった。
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