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第25話 静かに芽吹いた想い
国や政策について真剣に語り合うレオンとエリス。
お互いの理想が似ているからか、時間があっという間に過ぎていった。
中庭を吹き抜ける風が、ふたりの間に静けさを運んだ。
ふと、レオンが口を開いた。
「……すまなかった、エリス」
エリスが驚いて振り向くと、レオンはどこか申し訳なさそうに目を伏せていた。
「君を軽蔑したような…偏った目で見てしまったことを、謝りたい」
その声音には、皇太子としての威厳よりも、ひとりの人間としての誠実さが滲んでいた。
「いけないな……人の上に立つ者が、偏見で視野を曇らせていては。君のような者を…見誤ってしまう」
エリスは一瞬だけ目を見開き、すぐに柔らかく微笑んだ。
「いいえ。殿下のようなお立場の方が警戒を抱かれるのは、当然のことです。
私を知ろうとしてくださったこと。それだけで、私は十分有り難く思っています。ですから、どうかお気になさらないでください」
その穏やかな返しに、レオンはふっと笑みを漏らした。
「──寛大な心に、感謝するよ」
そう言った彼の碧眼が、ふと優しい色を宿して、まっすぐエリスを見つめた。
「……ところで、決まった相手はいるのかな?」
「……っえ!?」
唐突な私的な問いに、エリスは思わず赤面してしまう。
「お、おりません!そのような相手は…!」
動揺して視線を泳がせるエリスの様子を、レオンは目を細めて見つめる。
「そうか。なら、私にも──チャンスがあるというわけだな?」
「?……チャンス、とは……どういう……」
エリスが戸惑いながら首を傾げると、レオンは軽く笑った。
(まるで初恋の令息のようだな…)
「ふっ。……いや、滞在の時間はまだたっぷりある。ゆっくり、いくとしよう」
「……?」
エリスには意味がよくわからず、ただきょとんとするばかりだった。
「エリス、今日は楽しかった。また明日」
その一言と共に、レオンは一歩近づくと、そっとエリスの手を取った。
「……!」
戸惑う暇も与えず、レオンはその白い手の甲に、紳士的な仕草で唇を落とす。柔らかな感触と、かすかなスミレの香り。
驚きに固まったままのエリスの瞳を、レオンは満足そうに見つめてから微笑んだ。
「では、ごきげんよう」
そのまま背を向け、王族らしい品のある足取りで立ち去っていく。
エリスは唖然としながら、その背中を見送るしかなかった。
頬にはまだ、赤みが残っている。胸の鼓動が、いつもより少し早い。
(……なんだったんだ、今の……)
風が、レオンの残り香をさらってゆく。
エリスはその場に立ち尽くしたまま、そっと手を握りしめた──。
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