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番外編:執務室の窓辺から

午後の光が差し込む静かなヴァレオン王城の一角。 石造りの回廊を、グラントとクローネは並んで歩いていた。会議を終えたばかりの張りつめた空気を纏い、二人とも無言で次の予定へと向かっている。 外に面した広い窓からは、王城の中庭が一望できた。 春の日差しを浴びて芝生はきらきらと輝き、整えられた花壇や噴水が優雅に広がっている。 ふと、クローネが何気なく窓の外へと視線を流した。 「……ん?」 その目がある一点で止まった。 中庭の一角── エリスが、リューネスの皇太子レオンと談笑している姿が見える。 (おやおや……これはまた) 窓ガラス越しでも分かるほど、レオンは興味深げにエリスへと身を寄せている。その瞳に浮かぶのは、明らかに熱のこもった視線。 そして── 「ヒュー……マジかよ」 レオンがエリスの手を取り、手の甲へと唇を落としたのを見て、クローネは小さく口笛を吹いた。 「これは……ややこしくなりそうだな」 グラントはそんな彼の独り言には気にも留めない様子で、歩みを止めない。 「……中将」 「ん」 クローネの呼びかけに、足を止めず、ちらりと視線だけを向けるグラント。 クローネは、表情は堅い補佐官のまま、口調は普段のくだけた調子で話しかける。 「それで、何か進展はあったのか?」 「何のだ」 グラントが怪訝そうに眉を寄せる。 クローネは肩を竦め、口の端を吊り上げた。 「ご令嬢にばかりかまけてると、愛しの君が麗しの王子様に取られるぞ?」 「……いらん世話だ」 低く呟くように返したグラントの声には、わずかな苛立ちが滲んでいた。 「それに、皇女様は──ただ王家の一員として接遇しているだけだ」 「はーん?」 クローネはわざとらしく首を傾げた。 「“接遇”ねぇ。ふぅん……それならそれでいいが」 グラントが無言になるのを見て、クローネはさらに踏み込む。 「いいのか? そんなこと言ってて」 「……」 「後で泣く羽目になるぞ、中将」 そう言い置くと、クローネはくるりと踵を返し、次の予定に向かって歩き出した。その背には、どこか皮肉めいた哀れみと、からかいの混じった空気が漂っている。 グラントは沈黙のまま、窓の外を見る。 そこにはもう、エリスとレオンの姿はなかった。 だが、 グラントの手が、知らず知らずのうちに強く、軋むほどに握りしめられていた。

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