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第26話 恋の相談

「エリス様、少しお時間いただけますか?」 その日、廊下ですれ違った際に声をかけてきたのは、リューネスの皇女ヘレネだった。ふわりと広がる水色のドレスの裾、ブロンドの巻き髪に碧眼の少女──無垢な笑顔の奥に、何かを決意したような光を宿していた。 「明日の午後、応接間にいらしてください。お話ししたいことがあるのです」 * 翌日、時間通りに訪れた応接間は、こぢんまりとした空間ながら、明るい陽の光と温かい紅茶の匂いに満ちていた。ヘレネは窓際のソファに座りながら、ぱっと顔を輝かせてエリスを迎えた。 「来てくださって、嬉しいです!…あの、今日は、グラント様のことについてお聞きしたくて」 エリスは小さく瞬いた。 「私が…ですか?」 「ええ。長年一緒にいると伺いましたわ。昔はお二人で訓練のペアだったとか。 エリス様なら、きっと何でもご存知だと思って」 ヘレネの頬はうっすらと紅潮していた。その表情を見た瞬間、エリスは胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚を覚えた。 「…それは…そうですね、近くで見てきたとは思います」 エリスが頷くと、ヘレネは嬉しそうに身を乗り出してくる。 「好きな食べ物、休日の過ごし方、業務の終わる時間……どんな些細なことでも知りたいの。グラント様と、もっとお近づきになりたいから」 その健気な瞳に、エリスはほんの一瞬、息を詰まらせた。それでも、表情には出さずに淡々と答えていく。彼の好む茶の種類、毎朝の訓練の時間、意外と甘いものが好きなこと── どれも、いつも近くにいたから知っている。 けれど、教える度に、自分の中で何かがぽろぽろと崩れていくのを感じていた。 「それで、お願いがあるの」 少し言いづらそうに視線を落としたあと、ヘレネはまっすぐにエリスを見つめた。 「……エリス様に、恋の後押しをしていただきたいのです。グラント様との仲を…取り持っていただけませんか?」 エリスは目を見開いた。 静かに瞬き、言葉を選ぶように口を開く。 「……私に、務まるのでしょうか」 「エリス様にしか頼めないわ…!どうしても、グラント様と一緒にいたいの」 ヘレネの声は震え、その碧眼は真剣だった。躊躇いも、恥じらいも超えた少女の恋心が、エリスにまっすぐに突き刺さる。 「どうかお願いです、エリス様……!」 その強さに、エリスは、何も言い返せなかった。 * 応接間を出たあと、エリスは庭園の片隅に腰を下ろし、小さくため息を吐いた。 (……僕が、後押しか) 風に乗って運ばれてきた花と草木の香りが、やけに鮮明だった。

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