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第28話 無理の正体
ヴァレオン王国の迎賓館、豪華な金細工のシャンデリアの下に、穏やかな会話と食器の音が響いていた。
今宵は、王と王妃、皇太子レオン、皇女ヘレネの四人で囲む夕食。
「それでね、今日は侍女達と乗馬をしていたの」と、ヘレネが嬉しそうに話し出した。
「そしたら私の馬が、石を踏んで体勢を崩してしまって…!私も落ちるかと思ったその時、グラント様が助けてくださったの!
抱きかかえてくださった時の、あのたくましい腕と筋肉……夢のようだったわ…!」
満面の笑みを浮かべ、乙女のときめきを包み隠さずに語る妹。王妃は微笑み、父王は「怪我がなくてよかった」と一言。
レオンは微かに苦笑しながらも、心の奥に小さなため息を落とした。
(グラント中将は今、視察や訓練、警護と、幾重にも任務が重なっているはずだ。それを……)
妹が悪気なく、彼を私的な場に引き込んでいることに、兄として少し心配になる。
だが、問題はそのあとだった。
「それでね、もっとグラント様に近づきたくて──エリス様にお手伝いしていただくことになりましたの」
レオンは静かに、手元のワインを止めた。
「エリス中佐……が?」
「ええ。とってもお優しいのよ。グラント様の好きな本やお菓子のこと、日々の過ごし方も教えてくださって……
全部、本当に喜んでいただけるの!」
「今日だって、教えていただいたタイミングで差し入れをしたら、グラント様が“実は、好物なんです”って目を細めてくださったの。
あんな優しい表情、初めて見たわ」
誇らしげに笑うヘレネの言葉に、周囲は和やかな空気を崩さないままだった。だが、レオンの胸の奥には別の感情が静かに広がっていた。
(……エリスが、仲介役に?)
視察先の会議、軍の合同訓練、そして食後の歓談──いずれの場でも、エリスは完璧に振る舞っていた。
だが、レオンは知っている。
彼が目を伏せて静かに微笑む時。
さりげない言葉で誰かを庇う時。
そのすべてが、他人の感情を最優先にして、自分を切り捨てているように見えた。
(どんなに俺が言葉をかけても、ふとした時の視線の先には──いつも、グラントがいた)
一途で、誠実で、誰よりも強くて、弱さを見せられない。
エリスは、そんな自分を裏切るかのように、“好きな人”の恋路を手助けしている。
(……優しすぎる)
グラスをそっと置いたレオンの指先が、小さく震えていた。
(これが、君の無理の正体だったのか)
心が張り裂けそうだった。
けれど、今ここで何かを言えば、エリスの苦しみを暴いてしまう。
だからレオンは、何も言わなかった。
ただ、静かに自分のフォークを見つめながら、彼のために“できること”を探していた。
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