40 / 45
第34話 揺らぐ香りの先に
スミレの香りが鼻腔をくすぐり、エリスの体から徐々に力が抜ける。頭がぼんやりとして、熱がじわじわと体中を満たしていく。
レオンに傾きかける身体と、グラントを想う心の矛盾に、エリスはぽろぽろと涙をこぼす。
「……どうして……僕は……」
その涙を、レオンは優しく指先で拭った。
「大丈夫だよ、エリス。私が──君を幸せにするから」
そう囁くレオンの目は真剣だった。もう引くつもりなどない。今この場で、エリスを“自分のもの”にすると決めた目だった。
白くて繊細な首筋に、唇を近づけようとしたその瞬間──
「それ以上、近づくな」
ぴたりと空気が凍る。
レオンの唇に、硬い手が重なった。
いつの間にかすぐ近くに立っていた男、グラント。
その黄金の瞳が、獣のような光を宿してレオンを睨み据えていた。
「……離れろ。今すぐ」
静かだが、ひとつひとつの言葉に凄まじい殺気がこもっていた。レオンは、一瞬で気圧された。
「グラント……っ」
エリスが震える声で名を呼ぶ。その声に、グラントの視線は一瞬だけ柔らいだ。
けれどすぐに、レオンの肩を強く掴み、エリスから引き離す。
「こいつのフェロモンは、俺だけが受け止める」
その言葉に、レオンの目が見開かれた。
次の瞬間、グラントはエリスをその腕に、奪い取るように抱きかかえた。ふわりと鼻腔をくすぐる、グラントの香り。百合のように上品で、スパイシーな匂い。
(この匂い……)
体が、心が、求めていた。
求め続けていた、たった一人の存在。
ともだちにシェアしよう!

