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後日談:特別な人、別れの朝
中庭では、従者たちが手早く荷物を積み込んでいた。
ロイヤルネイビーの王室車の横に、立ち並ぶ兵士たちと将校たち。グラントとエリスもまた、整った軍装のまま整列していた。
“あの夜”から、三日が経っていた。
そして今、リューネス国王一家が帰国する日が来た。
やがてレオンとヘレネが姿を現す。ヘレネは、あの日からずっと落ち込んでいる様子で、グラントを前にしても目を合わせない。
「グラント様、ありがとうございました」
「こちらこそ。…どうかご健勝で」
短く交わされた言葉のあと、ヘレネはエリスの前に立つ。
「エリス様…ありがとうございました。わがままに付き合っていただいて」
一瞬、エリスの胸が痛む。
(不甲斐なくて、ごめんなさい…)
「とんでもございません。是非いつでもいらして下さい。美味しいお茶、ご用意いたします」
小さく微笑んでそう告げると、ヘレネも少し笑って会釈し、車に乗り込んだ。
そして、最後にレオンがエリスの前に立つ。
「殿下、あの、あの時は申し訳──」
「謝らないで」
レオンの声は、あの日のまま、優しかった。
「結局振られちゃったけどさ。…私にとって、君と一緒に過ごして、語り合った時間は幸せだった。後悔はないよ」
エリスは胸がいっぱいになりながら、深く頭を下げる。
「殿下…。私も、殿下と、国のこと政治のこと…たくさんお話できて、本当に幸せでした。そして、支えていただいて…心から、感謝しています」
レオンは少し視線を落とし、やがて微笑んだ。
「それでも、願ってしまうよ。もし違う未来があったならって…」
そして、少しだけからかうように言う。
「…もう泣かされない?」
エリスはふっと笑って頷いた。
「はい。私も、もっと素直になります」
「そうか。君の幸せが、私の幸せだからね。これでいい。…今はね」
一歩、車へと向かいかけたレオンが振り返り、ウィンクをする。
「──でももし、また彼に泣かされたら。その時は攫っちゃうから」
冗談めかして言ったその言葉に、エリスは思わず目を潤ませてしまう。
車が走り去っていく。
その背を見送りながら、エリスは心の中でそっと呟いた。
(本当に、本当に…ありがとうございました)
恋愛として選ぶことはできなかった。
けれど、国の未来を語った夜も、涙を流したあの夜も──
エリスにとって、レオンはかけがえのない、特別な人となったのだった。
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