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第2話

「おい、逢沢ぁ、今日までだって言ったよな? 必ず明日までに、ラフでいいから完成させろ」  ボクのデスクでパソコンを覗き込み、真っ白なデータを見て社長の明日哉さんは溜息をついた。 「……はい、承知です」  ボクの返事が耳に届いているかすら分からないくらい足早に彼は執務室を出て行ってしまった。 (せっかく明日哉さんに抜擢された案件だというのに……。気負いすぎてぜんぜんアイディアが浮かばない!)  社内の締切が今日だというのにアートディレクターのボクはラフ案すら出来上がっていなかった。明日哉さんが以前から関わりのある大手クライアントから頼まれた清涼飲料水の広告に起用するキャラデザインを任された。入社後、初めて一人でラフから立ち上げるというのに、気負い過ぎて全くアイディアが浮かばない。絶体絶命のピンチだというのに、ボクの鼻孔には数秒前に立ち去った明日哉さんの残り香を嗅ぎ分けようと必死になっている。 (コピーライターとしても社長としても一流なのに、顔も体型もカッコよくて……ましてや香りまで最高なんて……)  明日哉さんは程よく筋肉がついたいわゆる細マッチョで身長はモデル並みに百八十センチはある。大手広告代理店時代から女性陣の憧れの的だったが、特定の恋人を作らないという噂があった。それはどういうことか気になったボクは新入社員のときの飲み会で社長自らに尋ねるという偉業を成し遂げた。 「社長にひとつ質問があります!」  酔った勢いというフリをして、ずっと気になっていた憧れの人の恋愛事情への質問をぶつけた。 「社長って、特定の恋人を作らず、セフレ百人斬りっていう噂を聞いたんですが、本当ですか?」 「は? 俺って、そんなふうに言われてるのか?」  ギロリと飲み会の席にいた女性たちを睨む。平然と答えを待つボクに対して「空気を読め」と女上司がボクの太ももを抓った。 「まぁ、別にパートナーが欲しくないわけではないんだ」  低い声で明日哉さんがそう呟くと女性陣が口元に手をあてて、一気に色めき立った。 「でも仕事で何日も会社に缶詰になったり、自宅で仕事しても何徹もしたりしたら、相手を気遣うことも忘れてしまうから、がっかりさせたくないっつうか」  パートナーを待たせることが悪いと思い、特定のパートナーを作らないとのことだと彼は言葉少なに語った。そこから派生したセフレ百人斬りについては一切触れなかった。 「うわぁ、社長……かっこよすぎて、好きになりそうです」  ボクも女性陣と混じって黄色い声をあげると再び女上司に抓られた。さっきよりも強い力で思わず「痛っ!」と叫んだくらいに。  初めての新入社員ということで社内で腫れ物扱いされていたけれど、この飲み会をきっかけにボクは仲間として徐々に先輩たちに溶け込んだ。ただ本気で社長に恋をしているのか、冗談ばかり言う調子のいい新入社員なのかという真相だけが彼らには理解できず、それからも女上司からは抓られることも多少はあるが、なんとか良好な会社員生活を送れていた。  その真実はというと、社長こと明日哉さんは仕事ができて容姿も最高峰だというのに、結婚おろか恋人もいないという仕事熱心な人だというエピソードを聞いたら、根っからの恋愛体質のボクが好きになることは確定していた。それにボクの恋愛体質というのも、異性との恋を謳歌してきたわけではない。もっぱら男性との恋に憧れを募らせてきたのだ。

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