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第3話
母の仕事柄、家にはたくさんのアロマオイルが常備されていた。香りを嗅ぐことが大好きなボクにとっては天国なわけで、母の目を盗んではアロマオイルの蓋をあけて香りを嗅ぐことが楽しみのひとつだった。
そのなかでもイランイランの香りは「催淫作用」という謳い文句どおりに、初めて嗅いだときから性的な気分が高まってしまう現象に見舞われた。
強い香りだというのに、体験した興奮を味わいたくてクセになり、母が居ないときは何度も嗅いでしまった。そのたびに自分の身体がおかしくなっているような、悪いことをしているような背徳感が余計に気分を高揚させた。
その感覚が性的に大人になったあとも抜けずに、自分がかっこいいと思う男性が「フェロモン」を放つと似た感覚に陥り、恋に落ちたような錯覚を起こした──。
明日哉さんに初めて会ったのは職場見学のときだった。そのときにはもう彼から「ボクが好きな香り」が漂っていた。ずっと憧れだった人に会えた悦びも相まったかもしれない。明日哉さんはむかしから憧れだったというアドバンテージがあったとしても、格段に「ボクが好きな香り」を放っていた。既存の香りで例えれば、白檀だろうか。懐かしくて、一緒にいると落ち着く香り。だけど気品があって、またその香りを求めたくなるクセのある匂い。
彼の香りを嗅げた日は、自宅に帰ってから必ず思い出して、彼の名前を呼びながら自ら果てる行為をしてしまう。
例えば、仕事で近くに彼がいたときなど、あまりにも香りの供給が多い場合は会社のトイレに駆け込むこともある。
好きな人が近くにいると、恋愛体質のせいなのか、ボクは性欲が異常数値になってしまうことがあった。
高校、大学時代にはもうすでに「男が放つフェロモン」が性癖だということに気づいていたが、恋人はできなかった。フェロモンの香りにも様々な種類があって、なかなかピンとくる匂いには出会えない。だから一晩限りの関係を繰り返しながら、好きな香りを探し続けた。そういうアプリを使っていることが周囲に知られると、陰では「男色ビッチ」と噂されていた。
いまは特定の好きな人が出来たからワンナイトは止めたけれど、会社でヌイてるからそんな場面を知られたら、何てあだ名がつくか分かったもんじゃない。
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