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第4話

 仕事を進めなければならないというのに、明日哉さんの香りを嗅いだせいで、全く集中ができなかった。こうなったら、もう少し供給してもらい、トイレでスッキリすればアイディアも浮かぶかも、と短絡的な考えで頭の中はいっぱいになった。 (明日哉さん……どこへ行ったのかな)  彼の体臭から煙草の成分は感じられないので、煙草休憩はない。だけれど明日哉さんはときどき社外での打ち合わせでもないのに、執務室からしばらく帰ってこないことがあった。  彼が歩いたすぐ後なら、残り香でどこに向かったか分かるから、オフィスの廊下で目を閉じて嗅覚を研ぎ澄ませた。  たっぷり鼻から息を吸って彼を探す。  微かに残る香りを頼りにボクは廊下を突き進んだ。ふっと香りが途絶えた場所で足を止める。ボクは近くのドアのひとつひとつを確認すると小さめの会議室の前で匂いが強くなった。  そこは高速道路を見下ろせる、まるで都会に自分が浮かんでいるような感覚を得られる場所だ。どちらかというと会議室で使われるよりデスクで仕事が捗らないときに使う社員が多い部屋だった。  すこしだけドアを開けて見つからないように中を覗くと予想通り、明日哉さんはそこにいた。彼は背をドアの方へ向けており、ボクが覗いていることなど気づいていない。どうやら窓の外を見下ろしているようだ。 (……後ろ姿だけなのに、身体が熱くなる)  目と鼻の先にいるのに、匂いは漂ってこないもどかしさにボクの身体は悶えてしまった。もう少し近づけば彼の香りを独占できると思うとギュッと胸が締め付けられて、熱が下方へ集まってくる。  さっき明日哉さんに仕事で注意を受けたときに香りを嗅いだから、もっと欲しいと身体が叫んでいる。  音を立てないようにそっと部屋の中へ入り、息を潜めて彼の背中を見つめながら鼻呼吸を続けた。すると明日哉さんは靴と靴下を脱ぐと会議室の椅子の上に胡坐をかいた。  ボクは思わず、口を覆う。その座禅スタイルにうっかり声を漏らしてしまいそうだったからだ。  明日哉さんは深呼吸しているのか肩が微かに上下している。耳を澄ますと腹式呼吸のような長いブレスが聞こえた。 (……瞑想?)  ボクは生唾を飲み込む。あんなに長く息を吐いている彼の香りを嗅ぎたくて仕方ない衝動に駆られた。どうにか彼の近くへ行ってその隣の椅子に座りたい。声を掛けないまま、突然座っていたら怒られるだろうか。

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