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送迎
「弁償するからさとりあえず送ってよ」
その一言から、結局すべてが決まった。
澪は無言でシャツの袖を整える。
「本当に払うんだな」
「払う払う」
仁都は、昨日と同じ調子で軽く返した。
信用できる要素はひとつもない。
それでも澪は、結局キッチンから水を一口飲みジャケットと、車のキーを手に取った。
「今日だけだぞ」
「助かる」
その返事だけはやけに素直だった。
外に出ると、朝の空気はまだ冷たい。
駐車場へ向かう途中、仁都はふと立ち止まった。
「おにーさん仕事なにしてんの」
「会社員だ」
「へぇ」
ビルの前を通りかかった時、澪は無意識に首から下げている社員証を直した。癖だ。
仁都はその一瞬を、見逃さなかった。
「へえ、エリートじゃん」
「あ?」
「一之瀬澪」
立ち止まり、仁都はそこをじっと見つめた。
「覚えちゃった」
「覚えなくていい」
澪の鋭い視線の先には、やけに楽しそうな笑みを浮かべる仁都がうつる。
「まあ、いい家住んでたしな」
「どうせお前もだろ」
軽い返事で「まあね」と返す仁都に鬱陶しさを覚えながらも、駐車場へ足を進めた。
駐車場に入ると、朝の光が少しだけ強くなる。
無機質なコンクリートの空間に見える車。
「この車?」
「ああ」
ロックが解除される音。
「やっぱいい車」
「……少し黙れ」
仁都は軽く笑いながら、助手席側へ回る。
ためらいもないまま、当然のように。
「シートベルト」
「うーっす」
低い駆動音が、静かな駐車場に響いた。
外の景色が窓越しに流れていく。
しばらく無言な車内。
その沈黙を先に破ったのは仁都だった。
「運転うまいね」
「使わない日はない」
「へえ、意外と悪い奴なんだ」
「……は?」
鼻で軽く笑いながら、窓の景色をじっと眺めている。
なんとも言えない空気に、澪は小さく眉を寄せた。
「だって俺以外に、こんなことする相手いるんだな〜って」
「……?俺は他人を車に乗せない主義だ」
そう言うと、仁都は少しだけ目を細めた。
「じゃあ俺が初めてってこと?」
「気持ち悪いこと言うなよクソガキ。おろすぞ」
「ごめんて、ライブ会場もうすぐそこ」
澪は小さく舌打ちをして、再び前へ視線を戻した。
外はもう街が明るくなり始めている。
仁都は窓へ頬杖をついたまま、流れていく景色をぼんやり眺めていた。
「……ねむくないのか」
「慣れてるよ」
軽い返事だった。
信号を右へ曲がった瞬間に見えてきた、大きな会場。
さっきまでの気の抜けた雰囲気が消え、視線だけが静かに鋭くなった。
「ここでいい」
短く落ちた声に、澪は無意識にブレーキを踏む。
シートベルトへ手をかけながら、小さく笑う。
「ありがと、澪」
その笑みだけは、また少しだけ軽かった。
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