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連絡先
朝の会議を終えた頃には、既に昼が近かった。
澪は資料へ視線を落としたまま、淡々とキーボードを打ち続ける。
「一之瀬さん休憩行きましょうよ!」
顔をあげると、同じ部署の女子社員が二人、コーヒー片手に立っていた。
「あとで行く」
「行きましょ?ね?ね?」
慣れた調子で肩を叩かれる。
澪は軽く息を吐き、ようやく手を止めた。
結局そのまま、休憩スペースへと連行される。
窓際の席へ座った時だった。
「そういえば昨日さ」
ひとりの女性社員がスマホを見ながら声をあげる。
「仁都の配信やばくなかった?てか今日ライブだよね!?この辺いるんじゃない!?」
その名前に、澪の動きが一瞬だけ止まった。
だが、誰も気付かない。
「わかる!やばかった!私もライブ行きたかったのに当選外れた……」
画面の向こうではアイドルの〝美波仁都〟が笑っていた。
「一之瀬さんって推しとかいなさそうですよね」
突然、話を振られ澪は視線だけあげる。
「……興味ない」
「やっぱり」
好き勝手言われる中、コーヒーを一口。
その時、休憩スペースの外がやけに騒がしいのに気付く。
「え、待って」
「本物!?」
「なんでいるの!?」
騒がしい声が広がっていく。
澪が目を細めた瞬間だった。
「澪きゅーん」
聞き覚えのある声がフロアへ落ちた。
一気に空気が止まる入口。
そこに立っていたのは、帽子とマスクをしていない美波仁都だった。
徐々に近付いてくる足音。
澪のいる場所にピタリと止まる。
女子社員達は、完全に固まっていた。
さっきまで騒いでいたとは思えないほど静かだ。
「……何してんだ。社員証ないと入れないだろ」
低く言うと、仁都は悪びれもせず肩を竦めた。
「顔パス☆」
「……」
フル無視。
「……何しに来た」
「連絡先聞いてないな〜と思って」
「わざわざ会社まで来るな」
「スーツ」
澪は呆れたように大きな息を吐くと、小さく舌打ちをこぼす。
このやり取りが、周囲の空気をさらに騒がしくする。
「一之瀬さん知り合いなの……?」
「あの、一之瀬さんが……!?」
小さな声があちこちから漏れる。
そんな事は気にした様子もなく、澪の机へ軽く寄りかかった。
「朝まで一緒に過ごした仲じゃん」
「語弊のある言い方するな」
「まだライブあるんだからさ、早く教えてよ」
口調はアイドルの〝美波仁都〟だ。
甘く柔らかい声に、周囲の視線がさらに集まる。
澪は深く息を吐き、机の上へスマホを置いた。
仕方ない、スーツのために。
「……さっさと読み込んで、すぐ帰れ」
その瞬間、フロアが小さくどよめいた。
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