5 / 16
通知
仁都が帰ったあとも、フロアの空気はしばらく戻らなかった。
「一之瀬さんどういう事ですか?」
「あと改めて思ったんですけど……一之瀬さんって仁都に負けないくらい顔面国宝……」
女子社員たちの視線は未だにこちらへ集まっている。
澪は深く息を吐き、パソコンへ向き直した。
「仕事しろ」
低い声で返すと、女子社員達は「すみませーん」と笑いながら散っていく。
だが、視線だけは未だに残っていた。
気にしないよう資料へ、目を落とす。
キーボードを打つ音だけが、静かなフロアへ戻り始めた頃。
机の端に置いていたスマホが、小さくなる。
澪は眉を寄せた。
画面には、新しく追加されたばかりのLINE。
『いつも女の子に囲まれながら昼食べてんの?』
アイコンには見慣れた茶髪の男。
数秒だけ無言で画面を見つめ、小さく息を吐いた。
返す気はさらさらない。
用のない連絡以外は取らない。
「……めんどくせえな」
そう呟きながら、スマホを裏返して机へ置く。
だが、数秒しないうちに再び通知音。
露骨に眉を寄せる。
『既読ついてる』
『無視?』
『気ぃ悪い』
短文が立て続けに並ぶ。
澪は深く息を吐き、額を押さえる。
――アイドルのくせして暇か。
そんなことを考えながらも、結局スマホへと手を伸ばしてしまう。
自分でもそれがいちばん面倒だった。
『うるさい。スーツの話以外は聞かん』
送信した直後に、すぐつく既読。
早すぎる反応に、眉の皺が深くなる。
『怒ってんの?』
『当たり前だ』
『じゃあ、お詫びとして飯行こ』
軽い文面。
そのやり取りが自然になっていることに気付き、澪は指を止める。
通知を切り、もう反応しないようにとスマホを伏せる。
たった数分のやり取り。
音の無いスマホが、妙に鬱陶しい。
「……調子が狂うな」
小さく零した声は、タイピングの音へ溶けて消える。
資料へ視線を戻し、再び仕事へ集中しようとした。
だが、一度乱れた思考は簡単に戻ることを知らない。
画面の数字を追っていても、脳裏には軽薄な笑みばかりが浮かぶ。
――『覚えた』
――『ありがとう、澪』
無意識に、指先が止まる。
その瞬間。
「一之瀬さん」
背後から声を掛けられ、澪はゆっくりと顔を上げた。
「珍しくぼーっとして、どうしました?」
女子社員が不思議そうにこちらを見ている。
一瞬だけ黙り込み、すぐに視線を画面へ戻した。
「気のせいだ」
カタカタと無機質な音だけが響く。
本来なら、それで落ち着くはずだった。
だが、今日は妙に集中できない。
まるで強く言い聞かせるように、乱暴に資料をめくった。
ともだちにシェアしよう!

