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偶然
あれから数日が経ち、特に変わったことは何も無い。
唯一、変わったといえば澪の睡眠の質だけだ。
『今日も仕事?』
『既読つかない』
『無視?』
『何してんの?』
『おい』
仁都からのメッセージは、相変わらず一方的に届き続けていた。
澪はスマホを伏せたまま、短く息を吐いた。
「鬱陶しい」
独り言が増えたのは自覚していた。
だが、それを気にする余裕もないまま出社する。
午前中の業務を終えた頃、社長室へ呼び出される。
「なんですか」
「悪いが福岡頼めるか」
「福岡ですか」
「出張手当は倍にする!現地案件。お前指名」
倍になるならと「わかりました」と返す。
――そして数日後。
福岡の街は妙に騒がしかった。
駅前から同じ方向へ流れる人の群れ。
スマホを掲げる若い女性たち。
「今日のイベント楽しみ〜」
「ね!めっちゃ人多い〜」
何かあるらしい。
それだけ理解して、澪は関係ないと判断する。
だが、今回の仕事先はそのイベント会場の一角だった。
関係者入口へ向かう途中、視線が集まり始める。
「あの人かっこよくない?」
「スーツやば」
「ほんとに一般人?」
ざわつきが少しずつ広がるのを感じた。
気付かないふりをしたまま歩き続ける。
この視線には慣れているがどうも面倒だ。
「ねえ、あの人ほんとにやばいって」
人だがりが増えていく。
もうすぐ取引先との時間が近付いている。
その時、背後で空気が変わるのを感じた。
「あっ!!!!」
大きな声。周囲のざわめきが一段と上がる。
「え!本人だ!」
「やばいやばい」
澪が振り返るより先に、人の流れが割れた。
そこに立っていたのは――
「……美波仁都」
小さく呟いた。
そしてその隣にはマネージャーの男。
澪はその瞬間、初めて理解する。
「……イベントってこいつのか」
小さく漏れた声、自分でも驚くほど低かった。
人混みの中心から目を逸らし、澪はすぐに視線を切った。
関係者入口へと、足早に向かう。
ここに長居する理由はない。
そう自分に言い聞かせるように足を進める。
背後でざわめきが一段と大きくなる。
その音の中に、聞き慣れた声が混じった気がした。
「澪――」
一瞬だけ足が止まりかける。
振り返ればまた、面倒なことになると判断した。
しかしほんの一瞬だけ振り返った視界の端に、こちらへ手を伸ばしかけている人影がうつる。
「おい、ちょ――」
その声は途中で遮られた。
隣にいた男が、仁都の腕を素早く掴んで引き止めている。
澪はそのまま、何事もなかったように視線を前に戻し、関係者入口へと消えた。
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