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集中

関係者用の静かな会議室は、外の喧騒が嘘みたいに落ち着いていた。 澪は資料を机に並べながら、淡々と取引先の担当者へ視線を向ける。 「では、この条件で問題ありませんね」 「はい、こちらとしてもその方向で進めていただければ」 事務的なやり取り。 いつも通りのはずだった。 だが頭の片隅だけが、まだざわついている。 「……一之瀬さん?」 呼ばれて、澪は一瞬だけ目を細める。 「問題ないです。続けて下さい」 何事も無かったように返す。 会話は淡々と進んでいく。 「そういえば一之瀬さん」 「はい」 「今日の夜、予定あったりします?」 突然の言葉に一瞬、言葉が詰まる。 「ないですけど。なにか」 「いやもし良かったら食事でもどうです?」 一瞬だけ、空気が変わる。 だが、澪は表情を崩さないまま書類へ視線を落とした。 「食事ですか」 「はい。せっかくここまで来て頂いてるし、契約も成立したことだし」 軽い笑みを浮かべながら返される。 断る理由は特にない。 澪は数秒だけ考え、小さく息を吐いた。 「構いませんが」 「本当ですか?よかった」 相手はどこか嬉しそうに笑う。 「もしよろしければ連絡先教えて頂けませんか?」 相手の言葉に、澪は一瞬だけ視線をあげる。 営業的な意図は分かる。 この案件を円滑に進めるための、よくある手続きのひとつだ。 「業務連絡用であれば」 そう短く添えると、相手はすぐに頷いた。 「もちろん、そういう用途で大丈夫です」 澪はスマホを取りだし、淡々と画面を操作する。 余計は会話はない。 必要な手順だけを機械的にこなすように、QRコードを提示した。 「ありがとうございます。一之瀬さん」 「いえ」 「取引も成立したことだし、今日の詳細はこの後連絡させてもらいます。ではまた後ほど」 その言葉に、澪は短く頷くだけで返した。 扉が閉まる音が、静かな会議室に落ちる。 ようやく一人になると、澪は小さく息を吐いた。 ネクタイを少し緩め、椅子の背へ体を預ける。 淡々と進んでいたはずの仕事が、妙に遠く感じた。 さっきから頭のどこかが落ち着かない。 騒がしい人混みの中から、こちらへ伸びかけた手と呼ばれた名前。 澪は眉間を軽く抑えた。 「……くそが」 小さく吐き捨て、再び資料へ視線を戻す。 それでもやっぱり、さっきの光景が鬱陶しいほど脳裏に蘇った。

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