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仕事
ホテルの部屋に戻った頃には、外はすっかり暗くなっていた。
澪はネクタイを外しながら、煙草に火をつけ小さく息を吐く。
一日中続いた打ち合わせの疲れが、ようやく肩に落ちてくる。
ベッドへ腰を下ろした瞬間、テーブルの上のスマホが震えた。
画面に表示された名前を見て、澪は僅かに眉を寄せる。
《美波仁都》
数秒だけ迷い、通話を取った。
「なんだ」
『澪、今どこ』
「ホテル」
『今、福岡いるっしょ』
「ああ」
『やっぱり。今日さ――』
言葉が続く途中で、澪のスマホがもう一度震える。
机に置いたままの画面に、取引先からのLINE通知。
澪は視線だけを落とす。
そこには業務連絡の下に、もうひとつメッセージが続いていた。
《本日の打ち合わせの内容のご確認です》
《それと、先程のお話ですが21時。駅前の居酒屋に集合はどうでしょう》
スマホの時計は20時をさしている。
「わるい」
短くそう言うと、そのまま通話に戻る。
「用があるから切る」
『は?』
返事を待たずに通話を切った。
すぐにスマホが再び震える。
《だれ?》
《今のだれ》
《誰とどこいくの》
そのまま画面を見下ろしながら、面倒なことになる前に「仕事」一言そう返した。
すぐに既読がつくが、それ以上は何も返ってこない。
澪はスマホを伏せ、短く息を吐いた。
「……面倒だな」
独り言のように呟く。
余計なことを考える時間はない。
時計を見ると、約束の時間までそれほど余裕はなかった。
澪はネクタイを締め直し、ジャケットを手に取る。
鏡にうつる自分の顔は、いつも通り無機質だ。
部屋を出ると、ホテルの廊下は静かで足音だけがやけに響く。
エレベーターのボタンを押し、扉が閉まる。
時計を一度だけ確認すると、まだ少し早い。
そのままホテルを出てタクシーを捕まえた。
やがて車は駅前に到着する。
予定より少し早い。
澪はタクシーを降り、そのまま待ち合わせ場所へ向かう途中で足を止めた。
人通りから少し離れた喫煙所。
誰もいないと思っていたそこに、人影があった。
スーツ姿の男が一人、壁にもたれかかるようにして煙草を吸っている。
白い煙が、夜の空気にゆっくり溶けて行く。
澪は一瞬だけ目を細めた。
「……早いですね」
そこには取引先相手の、柴田透が気付いたように顔をあげていた。
「一之瀬さんもね」
軽い返事。
「一之瀬さん煙草吸われるんですね」
「そう見えませんか」
「見えないです」
柴田は少しだけ笑い、煙を吐き出す。
その言葉に、澪は何も返さず火を落としかけた煙草を見つめた。
やがて短く吸い込み、静かに視線を逸らす。
「早いですけど行きましょうか」
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