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結局
気付けば時計の針は定時を過ぎていた。
最後のメールを送り終え、パソコンを閉じる。
今日はやけに時間が長く感じた。
デスクの上を片付けて立ち上がる。
「お先に失礼します」
周囲へ短く声を掛け、そのままエレベーターへ向かった。
一階へ降り、エントランスを抜け自動ドアが開いた瞬間だった。
「おそい」
聞きなれた声に足を止める。
視線を向けると、会社の前に停まっていたタクシーに寄りかかるようにして仁都が立っていた。
帽子を深く被り、マスクまでしているが通り過ぎる女性たちが振り返るほどのオーラはまるで意味のないものだった。
「来るなと言った」
呆れた声を漏らすと、待ちくたびれたように頬を膨らませている。
「会いたかったし。LINE返ってこないし」
そう言いながらスマホを掲げると、画面には未読のメッセージが何件も並んでいた。
「うるさいから通知切ってる」
「傷付くんだけど」
「うるさいのが悪い」
そう返すと不満そうに唇を尖らせている。
澪は深く息を吐くと、その横を通り過ぎたが当然のようについてくる。
「どこいく?」
「帰る」
「飯は?」
「食わん」
「俺は食う」
「いってらっしゃい」
「やだ」
間髪入れず返される返事に、小さく舌打ちを返した。
何度も繰り返される会話が面倒に感じてくると、澪は観念したようにネクタイを緩めた。
「……一時間だけだ」
その言葉に、仁都の目はパッと輝く。
道路脇へ視線を向けると、手を上げタクシーを止める。
「さっさと乗れ」
子供みたいに声を上げながら、先に車内へと乗り込む様子に、深くため息を吐く。
ほんの数分前まで帰れと言っていたはずなのに、気付けばいつもこうなっている。
綺麗な街並みが窓に流れ、やがて車が速度を落とすと「着きましたよ」と運転手の声に顔を上げる。
店先には柔らかな灯りが漏れていた。
仕事帰りの客達が行き交い、どこにでもあるような飲食店だった。
「ここ」と得意気な顔でこちらを見つめてくる。
店へ入ると、温かな空気と料理の匂いが迎える。
「ビール飲む?」
「今日は酒はいい」
「マネージャーとは飲んで、俺とは飲んでくれないの」
「……あいつ何でもかんでも言うのか」
ここでも何度も繰り返される会話に結局折れて、仕方なくビールを注文した。
頼んだビールが来ると「ん」と乾杯を求めてくるので、それに応えるようにガラスの音が小さく鳴る。
「ここ煙草吸えんの」
「吸えるよ」
ポケットから煙草を取り出し、ライターを鳴らすと紫煙をゆっくり吐き出したところで、妙な視線を感じた。
向かい側からじっとこちらを見ている視線は先程までの機嫌良さとは少し違う。
「なに」
すぐに答えなかったが、身構えるようにビールを一口飲んだ。
「なに」
もう一度尋ねると、片手で頬を支えながら小さく笑っている。
「俺ともシガーキスしよ」
その言葉に思わず、咥えていた煙草を落としかけた。
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