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酔ってない

店を出ると、夜の空気が肌を撫でた。 ネクタイを緩めながら小さく息を吐く。 結局、断れなかった。 いや、断らなかったのかもしれない。 「うち、すぐそこだから」 数歩進んだところで、僅かに足元が揺れる。 「酔ってる?」 「全く」 その返事の直後に、再び今度は段差に躓く。 「酔ってる」 「地面が悪い」 それに思わず吹き出す仁都に、鬱陶しそうに視線を向ける。 いつも通りの鋭い目つき。 足取りだけが少し危うい。 本人は隠しているつもりなのだろう。 なので仁都も敢えて支えたりはしなかった。 少し先を歩きながら時折、振り返るとその度に不機嫌そうな顔を返してくる。 「ちゃんとついてきて」 「前見ろ」 普段ほど迫力のない声に思わず笑う。 そうしていると、マンションの灯りが見えてきた。 「ついたよ」 見上げれば高層マンションの窓に、ぽつぽつと灯りがついていた。 エントランスへ入ると、静かな空気が二人を包む。 さっきまでの賑やかな店とはまるで別世界だった。 エレベーターの扉が閉まる。 密室になった途端、澪は壁へ肩を預けた。 アルコールの熱がゆっくりと身体に回っている。 大丈夫なつもりだった。 だが足元は思ったより頼りない。 わずかに身体が揺れた、その時だった。 「大丈夫?」 仁都が反射的に腕を伸ばす。 けれど、その手が触れる前に振り払われた。 「お前は俺に触るな」 低い声。 仁都は目を瞬かせたあと、すぐに口元を緩める。 「え? じゃあ澪からは触るってこと?」 「は?」 数秒の沈黙。 澪はゆっくり顔を上げた。 何をどう聞けばそうなる。 理解する気も起きない。 仁都はそんな視線を受けながら、楽しそうに笑っていた。 「違うの?」 「黙れ」 吐き捨てるように返す。 それでも仁都は機嫌が良さそうだった。 エレベーターが静かに上昇していく。 表示される数字をぼんやり眺めているうちに、到着を知らせる音が鳴った。 扉が開く。 先に降りた仁都を追うように外へ出た。 深夜の廊下は静かだった。 足音だけがやけに響く。 仁都は何度か振り返りながら歩いている。 まるで本当に迷子を心配しているみたいで、澪は小さく眉を寄せた。 「見んな」 「ちゃんと歩けてるか確認してる」 「余計なお世話だ」 そう返した直後、少しだけ足がもつれる。 仁都の肩が震えた。 「笑うな」 「笑ってない」 絶対に嘘だった。 やがて廊下の奥で仁都が立ち止まる。 電子ロックの解除音。 続いて扉が開いた。 「着いた」 そう言って振り返る顔は、どこか嬉しそうだった。 澪は小さく息を吐く。 帰るなら今だ。 そう思ったはずなのに。 結局何も言わないまま、その部屋へ足を踏み入れた。

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