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ざわつき

目を開けると、見慣れない天井が視界に入った。 数秒の間、澪はぼんやりとそれを見つめていた。 やがてゆっくりと上体を起こす。 頭が痛い。 昨夜のせいか、それとも―― そこまで考えたところで思考がぴたりと止まった。 断方的な記憶が脳裏に蘇る。 ――ソファ。近すぎた距離。頬に触れた指先。 澪は眉間を押さえた。 最悪だ。 隣へ視線を向けると、ベッドの端ではまだ静かな寝息を立てていた。 澪は小さく舌打ちをすると、ベッドから降りた。 そのままキッチンへ向かい、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出すと、冷たい水を喉へ流し込む。 だが、頭の奥に渦巻くものは少しも静まらなかった。 その時、背後から足音が近づいてくる。 「おはよ」 寝起き特有の掠れた声が聞こえた。 澪は振り返らない。 「帰る」 短く言い捨てる。 仁都は目を瞬かせた。 「え、朝一番それ?」 返事はない。 ペットボトルの蓋を閉める乾いた音だけが、妙に大きく静かな部屋へ響いた。 澪は何も言わないまま、玄関へ向かう。 足取りはやけに早かった。 まるで何かから逃げるように。 その背中を追うように、小さな笑い声が聞こえる。 「もしかして昨日のこと気にしてる?」 ぴたりと澪の足が止まった。 けれど、振り返ろうとはしない。 数秒の沈黙が落ちる。 その背中を眺めながら、仁都は楽しげに口元を緩めた。 「図星かあ」 玄関のドアノブへ伸ばした手に、ぎゅっと力がこもる。 「うるさい」 低く押し殺した声。 だが、返ってきたのはそれだけだった。 いつもの自分なら、もっと鋭い言葉で切り返すはずなのに。 仁都は、壁に肩を預ける。 寝癖の残る髪を無造作にかきあげながら、面白そうに目を細めた。 「そんなに意識されると嬉しいんだけど」 その瞬間だった。 澪がゆっくりと振り返る。 向けられた視線だけがひどく冷たい。 「ほんとに殺すぞ」 短く言い捨てる。 それでも仁都の笑みは消えなかった。 むしろ、わずかに深くなる。 澪は盛大に舌打ちをすると、乱暴に玄関のドアを開け放った。 勢いよく開いた扉の隙間から、朝の空気が一気に流れ込んでくる。 頬を撫でる風は少し冷たいはずなのに、熱を帯びた頭はまるで冷えなかった。 「また連絡する」 背中越しに投げかけられた声に、澪の眉がぴくりと動く。 振り返らない。返事もしない。 そのまま立ち去るつもりだったのに、数歩進んだところで足が止まった。 ほんの一瞬だけ。 昨夜の光景が、不意に脳裏を掠める。 近すぎた距離。触れ合った指先。 あと少しで重なっていたはずの唇。 思い出した途端、胸の奥がざわついた。 澪は忌々しげに顔をしかめると、その記憶を振り払うように再び歩き出した。

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