32 / 33
新人②
結局、断ることができなかった。
仕事終わりの会社員たちで埋まった店内は、熱気と喧騒に満ちている。
あちこちで笑い声が弾け、グラスの触れ合う音が絶え間なく響いていた。
澪は窓際の席に腰を下ろし、手元のグラスへ静かに口をつける。
本当ならこの場にいるはずではなかった。
適当な理由を並べて早々に帰るつもりだった。
「一之瀬先輩!!こっち空いてますよー!」
歓迎会が始まる前から、有沢に見つかってしまった。
そして気付けばこうして席に着いている。
「飲んでますー?」
「見ればわかる」
「ですよね」
有沢は悪びれる様子もなく笑った。
その無邪気な笑顔に、澪は思わず肩の力を抜く。
相変わらず距離が近い。
当然のように隣へ腰を下ろす姿を横目に見ながら、澪は小さくため息をついた。
その時だった。
机の上に伏せていたスマホが震えた。
何気なく視線を落とした澪は、表示された名前を見てわずかに眉を顰めた。
画面に表示されているのは仁都の名前だった。
《澪きゅーん》
《会いたいよー》
《なにしてんの》
《無視?》
《ずっと無視する気なら家行くよー》
立て続けに送られてくるLINE。
そっとスマホを机の上に伏せる。
だが、数秒も経たないうちに、再び震える。
澪は思わずこめかみを押さえた。
「一之瀬先輩?」
隣から有沢が声をかけてくる。
「なんでもない」
その言葉が終わるのと同時に、また通知音がなった。
一度。
二度。
三度。
途切れる気配はない。
さすがに周囲も気付いたらしい。
「えーまさか彼女ですか?」
誰かが面白がるように笑った。
澪は即座に首を振る。
「絶対にない」
食い気味の否定だった。
その反応がかえって怪しく見えたらしく、周囲からはさらに笑いが起こった。
「怪しいー」
「その否定の仕方は余計にねー」
好き勝手な言葉が飛び交う中、澪は深いため息をついた。
その時だった。
隣にいた有沢が身を乗り出し、ふとスマホの画面へ視線を落とす。
「あ」
何かを見つけたような声。
胸の奥がひやりと冷えた。
嫌な予感がする。
「見るな」
低く牽制するがもう遅かった。
有沢はスマホと澪の顔を見比べる。
そしてどこか信じられないものを見るように瞬きをした。
「え」
小さく漏れた声。
「もしかしてですけど」
数秒の沈黙。
「本人だったりします?」
その一言に周囲の空気がぴたりと止まった。
聞こえてはいけない言葉を聞いたような静けさ。
澪はゆっくり目を閉じた。
最悪だ。
そんな心境とは裏腹に、スマホは空気も読まず再び震えた。
まるで追い討ちをかけるように。
ともだちにシェアしよう!

