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第17話

 通じるわけない。  一台目は、学校からの電話は着拒しているし繋がる方の二代目のスマホの番号は、僕にも知らされていない。  土屋だろうと、他の先生だろうと通じる事はない。  父でさえ通じないから。  母は、常にスマホを二台持ち出歩いている。  ただ…父は、その二台目の存在を知らされていない。  簡単に言うと、それぐらいこの家は複雑だ。  ごく普通の二階建ての家は、見上げるのも、うんざりで…  自宅横の通りからボーッと家を眺めていると、家の駐車場に母親所有のメタリックブルーの乗用車が、乱暴に停められた。  エンジンが、切られていないって事は、また直ぐに出掛けるのか…  慌てた様に運転席から降りてくる母親の姿は、どことなく若者を意識した風な厚化粧でケバケバしく悪く言えば、みっともねぇ…  普通のメイクなら若々しくて、キレイな方なのに…  相手に合わせた結果が、あの厚化粧。  “ ババア。年考えろよ ” って言いたくもなる。  不意打ちみたいにして家のドアを、勢いよく開けてやった。  廊下の奥の右側は、両親の部屋になっている。  その部屋の奥で、ガタッと音がした。  驚かせたのかもしれない。  「………………」  どのぐらい振りだろう。  母と顔を合わせたのは…  「出掛けんの?」  「……朝陽?…」  「薄暗いのにさぁ…電気もつけないで…こそこそして何してんの?」  オレの問いに母親は、ムッと表情を歪めた。  「アンタこそ…帰ってくる時間じゃないでしょ? またサボり」  鼻で笑う母親の顔が、くっきりと歪む。  薄暗いから余計に、その表情が気持ち悪い。  「ケバい化粧しやがって…男に媚うって、アホじゃねぇの?」  顔を合わせたくないと、面と向かって文句を言わなかったオレの死角から母親が、平手打ちをしてきた。  「うっさいわ!! 黙れよ!! ガキが!!」  誰からのプレゼントか分からないゴツイ指輪が、口元と歯に強く当たり衝撃でオレは、よろめいた。  その直後にオレの脇腹を、母親は派手に蹴り上げた。  妙な蹴りの入りかたで、痛みと言うよりも、息が止まるような感覚になり壁に寄り掛かりながら床に膝を着くオレを、怖いぐらい冷静に魅入る母親は、次いでにとばかりにオレの脚や身体を、数ヶ所に渡りドスッ、ドスッと踏み下ろしてくる。  うずくまるだけで精一杯だ。  まるで、ゴミ捨て場のゴミでも蹴散らすような足の動きと目つきに母親の姿は、赤の他人に近い。  「ホント、ムカつく。あの男と同じ顔して真面目に説教するな !! ウザいんだよ!!」  母親の言うあの男とは、父親の事だろう。  オレは、どちらかと言うと父親に顔立ちが似ている。  それさえも、母親には鬱陶しいらしい。  見知った母親の顔が、別人過ぎて母親なんってモノは、最初から居ない存在で目の前に立つこの女は、誰なんだろう? ってバカみたいに考えてしまった。  足で蹴るのに疲れたのか、おもむろにオレの髪を掴み上げ顔を壁に擦り付けるように押し当てる。  平手打ちも、数発食らったかもしれない。  気でも済んだのか、殴り疲れたのか、蹴り疲れたのか、母親は無言のまま静かにオレに見下ろして出て行った。  走り去る聞き慣れた車のエンジン音。  口の中に感じる血の味。  ズキッと痛む口元。  全身蹴られて踏み付けられまくって、どこが痛いのかさえ分からない。   表向きは、良妻賢母か言われてるけど中身は、自由奔放を地で行く派手好きな人だ。  オレが、小学生から中学生になる頃には、父親以外の男が常に一人か、二人は居た。  多い時期で、オレが中学生に上がった頃の男は…おそらく全部で四人。  何で知っているかは、母親が自宅に男を連れ込んでいたから。  一週間で、別々の違う男の名前を聞いた時は、鳥肌が立った。  こんな風に家が狂って言ったのは、父親に十年以上の転勤話しが持ち上がった頃だった。  当然のように家族で付いていくものと思っていた矢先に塾帰りオレは、母親が見知らぬ男と必要以上に密着して歩く姿を目撃した。  父親は、ハッキリ言ってオレよりも鈍感で、母親のちょっとした変化に気付いた風には見えなかった。  母親は、オレの進学や進路を言い訳にここに残ると言い出し父親の単身赴任が、呆気なく決まった。  ナゼ父親に母親の行動を言わなかったかと…言うと父親は、父親で母親を…どうとも思っていなかったから。  妥協と体裁だけで結婚した二人だから愛情なんてモノは、最初からなくて、オレも幼い頃から二人の異様さに気付いていたから母親に関して見たことは、言うべき事じゃないと口を噤んだ。  それに父親も、向こうに愛人作ってるって…  母親が、怒鳴っていたし。  あの時も、殴られたっけ?  「…お互い様…だろが…」  脇腹を蹴られた痛みから、うずくまるオレの横を母親が、素知らぬ顔で家を出ていってからどのぐらい時間が過ぎただろう。  ボンヤリとなりながらも、耳だけはよく聞こえた。    また自宅の電話が、鳴っている。  誰からだ?    鳴り続けることなく電話は、数秒後に切れた。  繋がらない自宅の電話に何度も掛けたが、誰かが出る気配はない。  その日は、藍田の件もあり。  いつもよりも、早目に学校を後にした。  時刻で言うと、だいたい六時過ぎ頃だ。  冬が近付き早く日が、暮れ始めるせいか肌寒く感じる。  それはいいとして、ナゼ母親の番号に繋がらない?  イラついた衝動で、思わずタバコに火を付けていた。  まぁ…そのおかげか、少し頭が冷静になれた。  取り敢えずと、藍田の自宅に車を走らせる。  住所を基に訪れた自宅は、夕暮れだと言うのに明かりはなくインターホンを鳴らしても、人の気配は感じられず玄関には鍵が掛けられたていた。  「帰ってないのか?」  念のためとスマホで、自宅の方に掛けてみたが、遠くで電話が鳴るのが分かるが相変わらず誰も、出る気配もない。  仕方がなく車に戻り考えた。  藍田のヤツどこに行ったんだ?  『土屋! 連絡先教えてよ』  以前、藍田が、冗談か本気か俺に連絡先を教えろと言い寄ってきた事を、不意に思い出しながら車のエンジンを掛けると同時にカーステレオのラジオから時刻が、七時を過ぎたと女子アナの弾んだ声が、耳へと届いた。  ヘッドライトを点けハンドルを切り川沿いの道を、国道に向けてゆっくり走り出す。    

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