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第30話

 放課後。  下校時刻が後一時間を切る薄暗い校舎は、昼間の騒がしさと違って怖いぐらい静かで…    独特な空気が漂っていた。  普通に家に帰るよりも…  ここで、ギリギリまで時間を潰すのが日課みたいな…  普段、真面目を演じている分の息抜きだと感じていた。  そこは、校内でも誰も入って来ない校舎奥のガラクタ置き場みたいな場所の一角で、空き教室が数部屋続くどことなく不気味で…  辛気臭いそんな言葉がピッタリな空間で、その当時の俺にとっては、隠れ家みたいなそんな居場所に近かった。  だから近付いてくる連中の方が少なくて…  まことしやか? に…出るとか、見たとか、薄気味悪い。鳥肌が立つ。寒気がする。と有名な裏山に入っていくような造りのためか北側の校舎奥は、先生達も声を荒らげて怒声を浴びせるヤンチャな生徒でさえも、近付かなかった。  確かに日中も、どんよりとしていて見るからに何かが、出そうな雰囲気だ。  確か、少し前にヤンチャな集団が度胸試しで、ここを訪れたらしいが…  叫び声とざわめく人影を見たとかで、腰を抜かして逃げていたらしい。 『…土屋って…読書家なの?』  アイツは、いつも何の前触れもなく。  不意に話しの切っ掛けみたいな事を言いながら俺の顔を、よく覗き込んできた。  こんな不気味な所までやって来てまで構うとか、暇なヤツだよな…  「………………」   「何…無視?」    その問い掛けも、いつもの事だった。  本を読んているのは、人に声を掛けられたくないからでそこまで本は、好きじゃない。  ただ読んでいれば、時間は過ぎるし退屈だけは避けられた。  それを面白がってアイツは、声を駆け出したんだろう。  「土屋ってさぁ…人と居るのが苦手でしょ?」    図星だったが、俺は何も答えないでやり過ごそうと無視を続けた。  ヤツは、隣のクラスで…  その容姿から惚れられやすいのか、いつも女子達が何かと騒いでいるのを見掛けてた。  見た目が物静かだからとか、話してみると面白いからと、一部の男子からも人気があるとかないとか…  「あぁ…それね。コクられたし…」  曰く有りげにニッと、口元を歪ませるように意地悪く微笑む。  「そう言う事も、シてるよ」  人差し指を突き立てるように俺の胸を、ツンッとなんのためらいもなくヤツは、指立ててアッサリと言い切った。  ワザと着崩しているからなのかヤツが屈むと、はだけるみたいに空いたシャツから首元と鎖骨の辺りが、チラリと視界に映り込む。  「エッチィ〜な…ドコ見てんの?」と、ヤツは楽しそうに笑う。  「…だから変なヤツに連れ込まれたりすんじゃねぇの?」  「ぁあぁ〜それねぇ…その人にもよるかな…」  俺はと言うと、呆然と口を上げながら開いていた小説のページがパラパラとめくれ上がる。  迂闊にも、動揺してしまった。  「正直者だねぇ〜土屋は…」    お決まりな咳払いした後に俺は、読みかけの小説を床に伏せた。  ヒンヤリとした床は、窓辺でも日は刺さない。  開けた窓から風だけが吹いてきては、カーテンの揺れ動く影が床に陰影を作るとヤツは、スーッと俺との距離を縮めてくる。  その近さに戸惑ったのは俺だけで、ヤツは動じることもなく鼻と鼻とを、突き合わせる位置で止まった。  「僕と…そう言う事してみない?」  猫なで声で擦り寄るのは、コイツの特技だと噂で聞いてた。  男って割には細い肩幅に華奢な身体付きは、痩せてる女と変わらない。    「土屋は、カッコいいし。タイプって言えば…タイプなんだよねぇ〜」  壁際に追いつめられた俺は、逃げるに逃げられない。  「どうせさぁ…週末だし…下校時刻も、過ぎるぐらいな時間だし?…」  「だから?」  ニヤニヤしながら俺の身体を、躊躇することなく跨ぎながら首元に腕を絡めてくるのは、慣れきった自然な流れで俺のペースを乱そうとする。  艶々した唇でニヤつかれる度に、怒りみたいな…  そんな衝動に駆られた。    誰が、お前みたいなのに流されるかよ。  今にして思えば、俺も十分ガキみたいな考えだった…

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