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第31話
数秒迷って、ヤツの腕を軽く掴む。
こっちが、「あっ」と、呟きそうになるぐらいなヤツの綺麗な視線が、間近に迫る夕暮れを写しとって透けるのを見て一瞬、見惚れてしまった。
「…土屋?……」ハッと、我に返る。
「何?」
俺は、気持ち落ち着けるように返事をしただけで別にヤツを、煽ったつもりはない。
「何って…落ち着いちゃってさぁ…何その態度? こんな美形を捕まえてさぁ…随分と余裕だねぇ〜」
見惚れたのは本当だが、捕まえたつもりはない。
コイツは単に人が好む行動やペースの中に、自然と溶け込んでくるがただうまいだけだと思う。
「降りろ…」
「ヤダ。土屋の焦るとこ見てみたいから」
肌と肌とを這わせるよりも、体温に近い息遣いを、感じる方が生々しい。
「あっ…」と、先に目をそらしたのヤツの方だ。
喧嘩ではないが、こう言う時は目を逸らしたら負けだ。
「あ…あれ…?」
次の瞬間、肩を掴んで引き寄せたのは俺の方だった。
「わっ…!!」 ヤツが、変に焦り前のめりになって縺れてキスに繋がったのは、打算的でらしくないとも思ったが、お互いに後に引けないと意識していたからか……
「…っちょっと…土屋!」
でも、不思議と暴れるとか…
抵抗するわけでもない。
もっとも、自分から煽っていた自覚はあるようで…
「うぅ…んっ…ハァ…」
舌先で感じる体温は、苦しい息遣いと同じで互いを離さないようにみたいで必死だ。
離したらどっかに行ってしまうと思うから余計にグッと、引き寄せるしかなかった。
いつも真面目にしていれば、周りから浮かずに居られる。
動く度ずっとチラついていた首筋に胸元を、舐め上げるようにして捲れ上がったシャツ中から脇腹を指で撫でるとヤツは、仰け反るみたいな動きのまま俺から降りた。
「擽られるの苦手なんだよ!!」
「……………」
「なぁ〜にぃ…」
そこまで擽ってねぇーだろ?
でもヤツは、顔真っ赤にしてプルプル震えてビクついていた。
「それに舌!!」
「舌?」
「初っ端から入れる? 土屋は、そう言うのが好き…なのかぁ?」
俺は知らぬ間にヤツにやらかしたらしい。
「それに急に手…入れてきたし…」
散々、煽ってその発言って…
「…何か…色々、悪かったよ」
「ノリでしたの?」
あきらかに怒った顔をしている。
「いや…別に…お前と違って、男とした事ねぇーし…その…」
「ふ〜ん…で?」
ヤツは、隣座るとジト〜ッと俺を見上げてくる。
「えっと…ゴメン…」
「うん」直ったのか機嫌は?
「ねぇ?」
「ん?」
声のトーンがいつもに戻った。
「気持ち良かった? 色々と教えてあげるよ?」
思わずヤツを二度見した時点で目が覚めた。
なんっつー夢だと、早朝前に目が冴えた俺は、顔を洗う次いでに客間に寝かせている藍田の様子を伺った。
あれから、数日が過ぎ熱も引き痛みもだいぶ和らいだらしいが、顔の傷跡は、ガーゼを取り替える度に跡が残らないようにと願うばかりだった。
歩けるようにもなってきたし。
「土屋…オレ…一人でも大丈夫だよ…あんまり…その早退とか、遅刻とか…しなくて良いよ…」
自分で起き上がりテーブルで仕事を、していた俺の背中越しに話しかけてきた。
「歩けるのか?」
「うん。まだ少し痛いけど、歩けない程じゃないし…」
そうやって静かに笑う姿が、ヤツに被って見えた。
そんな遣り取りをした昨夜。
多分、今見た夢も…
色々と重なって見たに過ぎない。
藍田の家庭環境がどうだったのか、それなりに伺えるが…
俺自身も、何か引っ掛かって普段なら全く見ない過去に似た夢みたいなものを、見たのだろう。
俺は、静かに藍田の部屋のドアを閉めた。
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