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第32話

 藍田は、一週間目の土日に掛けて徐々に身体が動かせるようになってきたのか、自分の力で起き上がってみたり少し歩いてみたりと、繰り返していた。  口元の殴られた傷跡も、今では絆創膏を張る程度まで回復してきたようだ。  「化膿止め? 抗生物質? みたいのが、効いたんじゃない」  と鏡に向かって消毒してから絆創膏を貼り替える藍田は、淡々と話してくれた。  とは、言っても少し不自由そうな動作もある。  まぁ…家の中で生活するだけなら問題がなさそうにも見えたが…  「…あの…土屋…奥の小さい小部屋って書斎? 仕事部屋?」  「…一応、仕事部屋…どうかしたか?」  「あの…扉が空いてて…何気に廊下から覗いたら本棚があったからその…」  持ち帰った仕事をしていて、換気のつもりで部屋の窓を少し開けていた事と今日は、早朝会議あるからと急いで出から扉をちゃんと閉めていなかったから風圧で、扉が開いたのかもしれない。  「仕事関係には、一切触らないから。本棚にある本読んでもいい?」  「…十年ぐらい…前の小説だぞ? 中には、かなり古い本もあるし…面白いかはわからないが、そんなんでいいのなら。好きに読んでもらっても、構わない 」  「…ありがとう…」  無表情とまでは言わないが、本当に淡々とした仕種だった。  それでも、声のトーンはわずかに弾んで聞こえた気がした。  それが、二週間目の日曜日の夕飯を食べている時になる。  一週間前よりも回復していて顔の傷跡は、そこまで気にならなくなっていたが、腕や足には薄くなってきたとは言えまだ無数の痣が残っていた。  「土屋…今更だけど…コインロッカーの服、持ってきてくれてありがとう…」  家に私物を取りに行きたくないと言う藍田の話しを聞くと、普段から駅のコインロッカーに私物を預けていると言うので、先週俺が取りに行ってきたのを着てみたり学校から俺が、持ち帰ったジャージを羽織ってみたり。  あとは俺のトレーナーなんかを、着ているらしい。  「ゴメン。勝手に着て…なんか寒くて…」  「別にいいよ。治ってきた傷に障るとマズイだろ? 気にすんな」  「うん…」  「…それに学校の方は、無理しなくていい。父親の方に連絡を取るのも、もう少し落ち着いてからでも、いいと思うし…」  「………うん。そうする…」  藍田は、一瞬戸惑うように返事を返すとボンヤリと窓の外を眺めていた。  「…あのさぁ…」  「何だ?」  「オレ…もう…いい顔すんの面倒になったから…」    そう答えた藍田だったが、それから急に落ち着き払った顔をするようになった。

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