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第28話

 藍田は支えられて、起き上がると、例の学校で同学年の生徒と、殴り合った時の事を思い出していた。  確かにあの時も、顔は腫れ身体は痣だらけだったが、あの時よりも、身体の痛みが酷いように思えた。  土屋から差し出されたコップには、既にストローが入れられている。  「染みるはずだから。ゆっくり飲めよ。それとも…自分で持って飲むか?」  そんな土屋の言葉を聞きながらも、藍田は頷かなかった。  まだ自分でも、どうしたらいいか、どうすればいいか、何も考えられなかった。  藍田の本音を言えば、母親に殴られた事は、初めてではないし。  罵倒されるのも、いつもの事だ。  小学校を卒業する辺りの頃から母親と言う生き物が、醜く歪んだ他人にみたいな姿に見える様になった。  話し掛けても、ロクに返事をくれないことに諦め半分で、バカらしくて涙も流れてこないと言う不思議な感覚になった。  満たされない気持ちと、喉の渇きを潤す様に…  男の所へ出掛けていった母親への恨み言を一緒に飲み下す様にコップのお茶を飲み干した。  「飲めそうだな…良かった」  土屋が、藍田の顔を覗き込むと、途端に鳴り出したのが腹の音だった。  赤面する藍田は、冷や汗をかいた。  「…あっ…のぉ……」  赤面しながらアワアワする藍田の肩に土屋は、手を添えるように支えると少しだけ高くなるようにクッションを置き直しす。  「まだ痛みで、噛めないだろうから野菜をする潰してペースト状にしてスープを作ったんだ。今持ってくる…」  いつも通りの大人な対応と言うのか…  藍田にしてみれば、からかわれるのではないか?  柄にもなく赤面しているだけでも、恥ずかしいのに腹の音まで聞かれるのは、藍田にしてみれば最悪だろうが、土屋の性格上、生徒の失敗を笑う事はしないはずだと、それこそ柄にもなく素知らぬ顔を見せている。  そんな考えを、悟られたくない藍田の姿が土屋には、年相当に見えたりもしていた。  土屋は、野菜スープをさっきと同じ形のマグカップに注ぎ入れ短めのストローをさして、藍田の前に差し出した。  「冷ましてはあるが、熱いかもしれないから。ゆっくり飲めよ」  お茶と同じ様に土屋は、マグカップを掴んだままストローだけを藍田の口に運び咥えさせてくれた。  染みないようにと、恐る恐る口にしたスープは、コンソメ味で溶けた野菜の味は優しかった。  ジャガイモやニンジンの野菜が、ペースト状に擂り潰されていてストローでも、飲みやすく藍田は、全部飲み終えた。    「スープ…おかわり要るか?」  「大丈夫…です…」  土屋は、優しい大人なのかな?  オレが、あれだけ困らせたり。  おかしな原動を繰り返していたのに…  こう言う大人も、いるんだ…  「一緒に薬も、持ってきたから。これを飲んで、また休むといい…」  「…………」  「湿布と顔のガーゼは、もう少し経ったら交換しような」  再び支えられる様に寝かされたオレは土屋が、部屋から出て行ってから虚ろに天井を見詰めた。  そう言えば、今日は木曜日のはずだ。  何で土屋が、居るんだろう?   休んだ?  オレのために?  「………………」  今まで出会った大人の大半は、自分勝手にキレて傷付けてくるだけの大人と、無関心な大人のどちらかだったけど…  我儘なオレを助けてくれたのも、また土屋って言う大人なんだ。  結局、オレはまだガキだから。  大人からは、逃げられない。  オレが大人になった時、オレの目に両親や身近な大人って言う存在は、どう映るんだろう…  そう考えながら。また眠りについた。  

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