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第35話

 酒に酔っ払って当たり散らすクズオヤジ。  アレでも昔は、エリートだったらしい。  昨日は虫の居所が悪かったか、通り掛かった俺の背中を不意打ちに殴りつけよろめいた所を、蹴るものだから。  さすがに俺も頭にきて…  反撃したらグーパンで左頬を殴られた。  俺の場合は、オヤジだから取っ組み合いとまではいかないが、殴り返したりもした。  そのおかげか…  素手での喧嘩は、それなり強かったらしい。  『ほら。いつだったか…二人で歩いていて変なヤツらに絡まれたじゃん? その時…の殴り合いみたいなやつで勝ったからじゃない?』  『どうでもいい…』  『それにしても…傑作だったね?』  ヤツが傑作と言うのは…  俺が、腫れの引かない顔をメッセージで愚痴ったものだから。  ヤツは早朝、コンビの大袋を下げて家に現れた。  『何?』  『氷だよ!』  『氷?』  『それよりも土屋は、制服とかガバンとか…当面の着替え今直ぐ用意する!』    言われた通り? と言うのか…  大き目なバッグに言われるがまま詰め込んでヤツの前の行くと…    家で一番デカい鍋に、持参した氷入れ水を並々に張り…  ヤツは、廊下でねこけるオヤジの寝込みに氷水をぶっ掛けた。  『ざまぁ〜!』と吐き捨て俺の腕を掴み家の外に出る俺とヤツの存在が見えているのか、言葉なくむせて咳き込むオヤジを、玄関先で閉まる扉越しに見れて少しは、気が晴れたような…  『気になった?』と、発案者。  『アワアワ言ってたけど…』  『捕まるかなぁ?』  『顔に…氷水ぶっ掛けただけで?』  『土屋知らないの? 前にフジが言ってたけど…人間って少しの水でも溺れるんだって!!』    それで、寝込みの顔面に氷水を…危なくねぇ?  『確信犯じゃねぇーかよ?』  『…だって…ね…』  笑うべきか、悲しむべきか…  迷いの表情でヤツは、右手で俺の頬をガーゼ越しに包むように触れた。  ニコニコしながら俺の手元から本を奪い取ると、代わりに咥えて飲めるゼリー飲料を手に握らせてきた。  『これは…預かっておくね』  『えっ?』  『ゆっくり飲みなってこと…何か食べないと、具合悪くなるなっちゃうから!』  力の入らない口で少し加えながらゼリーを飲んだ時、ヤツは安心したように笑った。  そう言えば…あの時の本…    どうなった?  あの後しばらくは、アイツの家から学校に通った。    もう殴れるのも蹴られるのも嫌で、こっそりと帰っては荷物を持ち出しまとめた。  そうこうしている内の数カ月後にあの事故だ…  やけに忙しくて、やけにムカつく毎日が続いていたけど、ヤツとの遣り取りは、鮮明に覚えていて…  それなのに本を、返してもらった記憶がない。

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