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第37話

 助手席に乗ってきた藍田の手には、例の本屋の紙袋があった。  「買えたのか?」  「うん。他にも気になるやつあったから二冊買った」    その表情から見ると先程までとは別人で、柔らかく映る。  「夕飯どうする?」  考え込む藍田は「…オレ何か作ろうか?」と、返事をした。    「一応、家を出る時に冷蔵庫みたけど…野菜とかあったし…挽き肉あったから…キーマカレーみたいなやつとか?」    藍田の口元にできた傷は、カサブタになり腫れも目立たなくなってきた所だ。  昨日の夜からは、絆創膏を外していると聞いたが…  「カレーって、口に染みたりしないか?」  「もう大丈夫。ガッツリ食べたいなぁ…って、それに少し多目に作っておくと…明日の昼に温めるだけで食べられるし…」  ハニカムように藍田は笑う。    「それなら…いいけど、料理できるのか?」  「今更…そこ?」  「いや…」  別に疑った訳じゃない。  「オレ。鍵っ子みたいなものだったから少しは、出来るよ! それに市販のルーで作れるレシピ知ってるし!」  「分かった。じゃ…夕飯お願いするよ」   「うん。オレに任せて!」  家に着くと楽しそうにキッチンに立ち冷蔵庫から材料を取り出し皮を向いたり切ったり炒めたりと…  慣れた手付きで、そんなに時間も掛からずキーマカレーを作りレタスとキュウリだけが、簡単なサラダまで準備してくれた。    「土屋…こう言う水分少ないカレー平気?」  「割と何でも、平気だよ」  「良かった」  藍田は、食欲があるのかパクパクと食べ始める。  「…藍田…昼は、ドコかで食べたのか?」    一呼吸置くと藍田は、静かにモグモグと口をつぐみゴクンと食べ物を飲み込むと…  「…食べてない…」   「本買ったら金が…とか?」  「いや。あるよ! 本屋の駐車場のキッチンカーのホットサンドとか…タコ焼きうまそうって思ったけど…」  「思ったけど?」   「外で…一人で食っても、おいしくなさそうで…」  今どき鍵っ子は、珍しくない。  実際、俺もずっとそうだった。  なるべく父親と合わないように飲んだくれて眠り込むまで待って、出来るだけ遅く帰るを繰り返していた。  本を読み始めたのだって、商業施設のフードコートやファミレスなんかで目立たないように過ごすためで、学生服でいても本や教科書広げておけば勉強してんのか? って思わせる小道具みたいなものだ。  だから読む本なんって、何でも良かった。  時間潰し。  変に思われないために子供だった俺が、考えた浅知恵…    ただ藍田は、違うようだ。  元々本が好きだったのか、暇つぶしに本を読もうとしたのかは、不明だが自ら本を買いに行くのだから昔の俺とは、違うらしい。  そこに少しホッとしている。  ただ藍田が、ここに来て動けない身体で何を一番に思ったのか、動けるようになってから俺達が仕事で留守の時に何を考えてきたのか…  自分の事か、それとも両親か、将来的な事か…  晩ご飯が済み食器を洗っている俺の隣に藍田は、歩み寄ってきた。  「あのさぁ…」  「ん?」  俺は、手の水を切ってタオルで拭くと藍田に向き合った。  「今更なんだけど…」  後ろ手に何かを持って藍田は、申し訳なさそうに水色のボールペンを差し出した。  「ごめんなさい。勝手に持ってきて…」  ションボリと肩をすくめる藍田を、安心させようとポンと頭に手を乗せクシャっとさせた。  「土屋?」  母親に殴られ秀哉の病院に担ぎ込みそのまま眠った藍田を運び込んだ時、何気なく触った髪の感触とは少し違ったのは、傷のせいで熱ぽかったからなのか…  「使っていいよ。似たボールペンはあるし」  それに…  ボールペンが、無いことは直ぐに分かっていた。  持ち去ったのも、藍田だと勘づいていた。  藍田を、助けた日。  制服の上着をハンガーに掛けながらついたホコリや汚れを払っている時に、ポケットに入れられたボールペンには気付いていた。  咄嗟に持ってきたのか…  何気にペンに触れていた時に俺が、声を掛けたために焦ってしまい込んだのか…  それとも、他に何か理由が有るのか様子見をしていたのは、事実だ。  「気にするな…それ自体、借り物だから…」  「借り物?」  「そう」  土屋は、笑った。     

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