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第42話

 長々と話し終えた土屋は、フッと溜め息ついた。  「それが教師になって、ここに住むようになった経緯だよ…って…」  目の前を見ると、少し震えながら泣きそうな顔をした藍田が、またバンとテーブルに手をついた。  「どうした?」  「どうしたじゃねぇよ! 何だよその話!」  土屋自身あまり語らずにきて、思わず口にしてしまった感覚に自分の方が驚いていた。  「今更、話さなきゃ良かったみたいな顔すんな!」  「あぁ…そう…だな…」  「大体。黙って見てたけど…ここは、土屋んちなんだから楽な格好しろよ! オレに気を使うな!」  そう言えば、無意識に襟のある服を着ていた気がすると首筋を擦った。  「そうやってさぁ…触るの我慢してるみたいな仕草とか…」  「冬場になると乾燥が酷くて…」  「で…藤里医院からの薬塗ってんだろ?」  藍田は、土屋が藤里から保湿剤をもらっていると話している記憶が、薄っすらと残っていた。  「多分だけど、藤里医院の処置室で寝かされていた時だと思う…オレ自身、全身の痛みを抑えてくれる痛み止めを飲まされた時だから…」  そうウトウトしかけた時に、自分に対する処方薬と土屋に対する処方薬の保湿剤が…  「…どうのって、聞いた気がしてたから」    藍田は、乾燥肌ではないがクラスメイトの中には乾燥肌や肌荒れがと悩む者も多い。  よく保湿剤と書かれたクリームを塗り込んでいる姿を、この時期はよく見る。    『って、乾燥すると皮膚が突っ張って痛くなるし。ガサガサになる前に塗ると楽になるんだ』  そんな風にクラスの女子達が、言い合いながらどれがオススメでと言っていた。  「だから突っ張ったり違和感あるのかなぁ…って…」と、土屋の方を見ると落ち着かないのか服の上から腕や背中を押さえているように思えた。  「土屋、聞いてる?」    「…ん?」と、急に訪われて戸惑いながら土屋は、藍田に向き直す。  「もしかして…痒いの?」    一瞬と言うか、かなり戸惑いながら軽く頷く土屋の顔は、少し困っている風にに藍田の目に映った。  「……そう……」  おもむろに藍田は、テーブルに置かれたままの塗り薬を手に取った。  「今までどうやって塗ってたの?」  「いや…えっと、それなりに…」  「ハァ?」  「……すまない……適当?…」  生徒の立場で、教師から適当なんって言葉を聞けるとは思わなかった。  「これワセリン?」  蓋を開け中身を見ると、半透明な塗り薬が目に留まった。  「じゃさぁ…土屋の手で届かない所に塗ってあげようか?」  「はぁ?」  「いいから。いいから。背中出してよ!」  オレは、土屋の返答を聞かず素早く後ろ側に立った。  「いや…自分で塗る!」  「掻きむしるとヤバイじゃん!」  なんって言うか…  他の誰よりも、優位に立ちたいとか、そういう訳じゃない。  そのこの気持ちは、あの日の午後に感じた好奇心に近いものかも知れない。    「ほら。せ・な・か!」  土屋は、動きを止めたまま変な顔している。  「警戒してる? これは親切心だよ…」  自分が、二週間以上休学している状態で傷も癒えてきた。  無理のない範囲で明日から学校に行けって言われても、おかしくはない状況。  オレは、クリームを人差し指に付けて襟からわずかに見える傷跡にスッと塗り込んだ。  ビックと肩を震わせるように土屋は、振り返るその顔が…  おかしくて、笑ってしまった。  勿論、土屋には笑うところか? って睨まれたけど…  「言ったでしょ? 親・切・心」と、突っぱねた。    でもその行為が、純粋な親切心かと問われると、それは少し違ってて…  やっぱり。  自分の中にある好奇心に勝っていることは明らかだった。  「…分かった。だけど…背中の傷跡グロいからな…」  「分かった」  勿論。  背中の傷跡を見てみたいと、少しでも思っているオレの考えは、純粋とは言わない。  おそらく純粋に土屋の事が、知りたいんだと思う。  何も分からないから、分からない話しをされると、少し複雑になるけし。  話してくれることは、素直に嬉しい。    こう…  なんって言うか、教師としての土屋だけじゃない姿が、気になって仕方がない。    

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