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第5話 ※
先生の身体の、首から肩から二の腕から脇腹から、とにかく特に行先も決めずに好き勝手に唇をはわせてゆくうちに、少しずつ先生の息が上がってきた。
ときおりもどかしそうに身をよじる。どうやら先生は、こんなふうにまだるっこしいのが落ち着かないらしい。
でも僕は、せっかく思う存分先生に触れられる機会を得たのだから、余すところなく触れておきたい。背中に浮き出た肩甲骨も背骨も、腰の両脇のなめらかな皮膚の下の腰骨も、丹念にたどる。腿も膝も、くるぶしも。
「おい、いいかげんに……」
掛け布団ごしに、先生のくぐもった声がした。僕は先生の鳩尾あたりから返事をする。
「もうちょっと」
「しつこいんだよ、おまえ」
先生の手に、頭を押さえられる。しょうがないので、僕は目の前にあった乳首を口に含んで舌で転がしながら、それまでまったく触れていなかった先生の下腹部へ手を伸ばした。先生の性器はもうすっかりきちんと形を成していて、手の平で包みこむとぴくりと跳ねた。
「ちょ、おい、待て」
先生が慌てた声を出す。
「え?」
僕は知らんふりをして、立ちあがってきた乳首を舌の腹で押しつぶすように舐める。先生の息を詰まらせるのが振動でわかる。だって、急かせたのは先生だ。
本当ならもっとじっくり先生の身体中を味わいたかったけれど、でもまあ、手の中の先生は確かにいつのまにか、そうゆっくりもしていられないようになっていて、実際のところ僕自身も充分高まりつつあった。
ゆるゆると手を動かすと、呻きとも喘ぎともつかないかすかな声が聞こえて、僕はあわてて掛け布団から頭を出した。先生は細くした目で僕を睨むように見る。別に声くらい聞かせてくれたって、減るもんじゃなし。
「先生」
「……あ?」
「先生」
「なんだよ」
顔を近づけると、先生のほうからキスをしてくれた。舌をからめたり、深く吸ったりするたびに僕の手の中の先生は強く脈打ち、その手を動かすと先生の息が熱くなる。
前回の、棚からぼたもち的な幸運に酔いしれて夢のようにふわふわとした感覚と違って、今回はもっと濃密で、先生とぴったりと密着している感じがした。先生の肌の感触や、体温や、息づかいを、もっと親密に感じられた。
もっともっと、先生の息を荒くしたい。先生の身体を熱くしたい。
そろそろ先生も僕のほうも限界が近づいていそうだったので、僕は指を先生の後ろへ回した。僕の手の行き先に気づいて、先生の身体が固くなる。きっと反射的なものだ。前回、ずいぶん痛い思いをしただろうから。
「あ、そうだ」
思い出して、僕は体を起こす。
「……何」
「おれ、持ってきてたんだ。リュックに入れっぱなしだった。ちょっと取ってくる」
「何を」
「こないだ、小っちゃいクリームしかなかったから痛かっただろ。だからおれ、買っておいたんだ。忘れるところだった」
そう言ってベッドから下りようとした僕の腕を、先生が引いた。
「待て」
「え?」
「ある」
「……え?」
先生はサイドボードに手を伸ばし、引き出しを開けて何かを取り出した。チューブに入ったそれを、僕に渡す。
「俺も買っといた」
「先生も?」
手の中のチューブを見つめて、僕は思わず口元を緩めてしまう。最初からその気だった、っていうことはさっき知ったけれど、それが形になってここにある。僕の表情が気に入らないのか、先生が足の裏で僕の腹を押した。
「にやついてんじゃねえ、てめえ」
「じゃ、おれのはここに置いてくね。次のときのために」
言いながら僕は先生の足首をつかんで外に開かせ、先生の両脚の間に体を滑り込ませた。
「あ、てめ」
チューブからゼリー状の潤滑剤を手に取り、先生の片足を持ち上げてそこに塗りつける。それが冷たかったのか、先生は一瞬身体を震わせた。
ゆっくり指を差しこんでゆく。潤滑剤のおかげで以前よりずっと滑らかに入っていった。
「痛くない?」
訊いてはみたものの、答えはない。
指を出し入れするうちに潤滑剤は先生の内側の熱ですぐにぬるくなり、四方に溶けてゆく。
指を増やすと、先生は苦しげに首を仰け反らせた。手で口元を覆っているので、表情がよくわからない。
いいんだろうか、よくないんだろうか。
先生は何も言ってくれないので、想像するしかない。ただ僕の指をやわらかく押し返す内壁は熱く、弛緩していた。その弛みのどこにも拒絶は感じられず、むしろ同調していた。たまりかねたように、先生が吐息をもらす。
それで、十分だった。
「挿れていい?」
先生は息を吐くように小さく、……さっさとしろ、と答えた。それだけでもう、我を忘れそうになる。
じゃあ、と前かがみになったところで、先生は何かを思い出したように、あ、と顔を上げた。
「ゴムつけろ。そこにあるから」
サイドボードの開きっぱなしの引き出しの中を指して言う。そうだ。こないだはなかったから、先生の中でイケなかったのだ。
ゴムについても予習はしていた。でも、現物を見るのは初めてだ。箱から一つ取って包みを開けてみたものの、やり方がわからない。まごまごしていたら、先生が起き上がった。
「しょうがねえなあ」
そう言って僕からゴムを取り上げると、慣れた手つきで僕の固くなったモノにつけてくれる。なんか、カッコ悪いし悔しかった。
でも、先生が僕のモノに触れてくれるのはちょっと、気恥ずかしいけど嬉しい。
装着が完了すると、先生がまた寝転がったのでその上に覆いかぶさった。
「じゃあ、改めまして」
先端をあて、そうっと入ってゆく。ゴムにくるまれた僕のモノは、先生の中にゆっくりうずもれてゆく。
中に入って、思い出した。
そうだった。こんなふうだった。以前より滑りがよくて入ってゆく抵抗は少なかったけれど、やわらかいのに強く締めつけてくる。
先生は、意識して力を抜くように呼吸を繰り返している。
「入ったよ」
「……あ、そ」
本当ならこのまましばらく、待ちかねたこの熱さを堪能していたってかまわなかった。つながっていることを実感し続けたかった。でももちろんそうもいかない。
「……何、してんだよ」
先生が苦しげに抗議する。
「さっさと、しろって」
「わかった」
ゆるゆると、腰を動かし始める。先生は眉間にしわを寄せて悲しげな顔をする。でも悲しいわけじゃないのだ。わずかに開いた口元から、かすかな声が出そうで出ない。
あのときと同じ。
でもあのときとは違う。
僕は先生の脚を抱え上げ、のぞき込むように顔を近づける。角度が変わって苦しいのか、先生が視線を向けてくる。僕の意図を察して、呆れたような先生の顔が近づいてくる。両手で先生の頬を支え、キスをする。体制が不十分なので深く合わさった。つながったところが熱い。僕も先生も同じように脈打っている。
「先生」
「……何」
「ずっとこうしてたい」
「ざけんな」
間近で見た目元は赤らんで、細めた目が潤んでいる。
「毎回感動するつもりかよ。いいから早く」
先生の熱い息が届いてくる。
「……早く、イカせろって」
「了解」
僕はもう一度キスをして、それから律動を再開した。先生はまた、声が出そうで出ない苦し気な表情で荒い呼吸を繰り返す。
毎回、と先生は言った。
そうだ、これで終わりというわけじゃない。これからも何度だってできるのだ。
何度だって、この幸福を味わうことができる。
薄暗い部屋の中、柔らかな明かりの中で肢体を泳がせる先生を、僕は自分の官能なんかそっちのけでただずっと、堪能していた。
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