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第5話
目が覚めると、目の前に須田の顔があった。
驚いて出そうになった声を飲み込む。俺は抱き枕よろしく抱きしめられていた。瞳をとじた須田の顔は彫刻みたいだ。まっすぐに通った鼻筋をみつめる。美術室にある彫刻像の鼻筋よりも美しい。
いつまでもみていられる。
でも、あんまりみていたら変な気持ちになる。昨日の夜できなかったキスをしたくなる。咳払いをした。
昨日、須田は土曜日の部活をサボった。大会前は日曜日にも部活がある。四月になったばかりのいまは大きな大会前ではないはずだ。とはいえ、もし部活があったら今日は途中からでも行ったほうがいい。エースが連日休むのは良くない。
「須田、起きて。部活は?」
肩を掴んで揺すった。今日ははじめから強く
揺する。
「……今日は休み」
寝ぼけた声ではなかった。しっかりした返答。揺すっていた手をとめる。
「起きてたんだ」
「……うん」
目は覚めていても、身体を起こす気分ではないらしい。
キスしなくてよかった。
起きている須田を「寝ている」と思いこんでキスするところだった。
「まだ寝てる?」
時計は八時を指している。須田のおじいさんが俺たちのために食事を用意している頃だ。
須田は瞳をあけた。グレイの瞳が俺をみる。
「……起きる」
俺を抱きしめていた腕がはなれていく。くあっとあくびをする幼なじみをみた。
「なに?」
恨みがましい目でもしていたのかもしれない。須田は肩をすくめた。
「俺、なんかした?」
黙って起きあがる。掛け布団を畳んだ。
「智也?」
「朝ご飯。じいちゃん待ってる」
今朝もおじいさんは丁寧に朝食をつくっていた。ハムエッグとトーストとミネストローネに旬の野菜のサラダ。せっかくの食事なのに、あんまり味がしなかった。
ひとりで帰るといっても、須田は俺を家まで送った。須田の実家はうちの近くだ。同じ方向だから、といわれたら断りようがない。金曜日から日曜日までおじいさんの家で過ごす須田は、日曜日の今日は実家で眠る。
「明日な」
「……うん」
「元気ない?」
「気のせい」
須田はうちにあがりたそうだった。気がつかないフリをした。
家のベッドにダイブする。身体中のちからを抜いた。ひどく疲れた。
昨日の夜、須田に抱きしめられた身体が熱い。夜中抱き枕にされていた。キスをしそうだった距離を思い出す。あのままキスしてしまえばよかった。キスをしていたら、身体の火照りは少しくらい治まったのかもしれない。
服を着たまま、右手をスウェットの中に入れる。須田のおじいさんの家には、俺の服も歯ブラシも置いてある。しょっちゅう泊まる俺が快適に過ごせるように、家に置くようにいわれている。
おじいさんにとって俺は須田の友達で、孫と同年代の子供。孫扱いしてもらえる距離にいるのに、俺はおじいさんにも顔向けできない感情を須田に抱いている。
おじいさんも、須田も。俺が須田を好きだと……友情ではなくて、恋愛の意味で好きだと知ったら。きっと悲しむ。嫌悪感を抱いて、二度と俺とは「今まで通り」には接してくれない。裏切りだと怒ったり、いままでの親切を惜しむかもしれない。
いやだ。そんなの。
須田が好きだ。どうして好きになってしまったんだろう。友達のままでいたかった。友達を好きな気持ちのままでいたかった。
友達を好きな気持ちのままで?
「っはは」
のどの奥から声が出た。友達のままで?
俺が須田に「純粋な」友情だけを抱いていた頃はあったのかな。
はじめから須田に恋していた気がする。
馴染めない小学校の教室でも、須田がいるとこころが落ち着いた。言葉が通じなくても、一緒にいると楽しかった。俺の日本語を少しずつ覚える須田と、簡単な日本語が通じ合ったら嬉しかった。須田が俺にわかる言葉を話すのが嬉しかった。
きっと、最初から恋だった。
須田は俺を友達だと思っているのに。友達だから大切にしてくれているのにーー。
「ぅ、ふ、う」
下着に突っ込んだ右手を無我夢中で動かす。先走りで亀頭を濡らした。濡れた手で勃起した陰茎を擦る。昨日、須田に抱きしめられてから。キスをしそうになってから。ずっと甘く勃起していた。ずっと、射精したかった。
「あ、っぅ」
下着の中で射精する。右手で受け止めきれなかった精液が下着を濡らした。
快感を欲していた身体と脳がしびれる。目をとじて浸っていた。
ぴこん。
スクールバッグに入れたままの携帯が電子音を鳴らす。無視をしても何度も鳴った。精液で汚れていない右手でスクールバッグを探る。ベッドに横になったまま、携帯のディスプレイをみた。
ー家の前にねこいた
差出人は須田。アスファルトに寝転がるねこの写真つきだった。
快感にとろけていた脳味噌が目を覚ます。火照った身体が一瞬で冷えた。心臓まで冷たい。氷漬けになった。
「……おれ」
また、須田でヌいた。
携帯をスクールバッグに押し込む。掛け布団を頭までかぶった。精液で汚れた手も、下着も変えずに眠った。
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