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第11話

「なんで須田が……?」  図書館から家に帰ると、ニコニコの須田がリビングにいた。仕事が休みの父もいる。慣れた様子で母さんと話していた。 「おじゃましてまーす」 「今日は図書館行くっていったのに」 「うん、聞いた」  キッチンで紅茶を淹れる母さんが「さっきね」という。 「スーパーの帰りに須田くんとバッタリしたの。バイクの後ろに乗せてもらっちゃった!」  はしゃぐ母さんは、夕飯前だというのにクッキーの缶を開けた。貰い物のクッキーをソーサーに二枚のせる。 「須田くん、クッキー好きよね」 「好きです」 「いや、そうじゃなくて」  須田にはクッキー付きの紅茶を、父さんには紅茶だけだ。格差がある。父さんのソーサーにクッキーがないのをみた須田は、クッキーを一枚譲った。 「須田くんのパパとママ、今日も仕事で遅いらしいのよ。いつもお仕事で忙しいわよね。ふたり共いないなら、うちで夕飯食べたらいいと思って。智也も嬉しいでしょ?」 「え?」 「昔から、須田くんがうちでご飯食べるの楽しみにしてたわよね」  顔が熱くなる。そんなことない、といってやりたかった。 「へ~?」  にやにやする須田の肩を叩いた。  母さんと話している須田をリビングに置いて、二階の自室に上がった。背負っていたリュックサックを勉強机の上に置く。図書館で借りたばかりの本を数冊取り出した。  昼ご飯を食べる前に、須田にドライブに誘われた。昨日図書館に行くといったのに、忘れてしまったのか。ドライブの誘いを断って図書館に行って帰ってきたら、コレだ。 「はあ……」  ため息は許してほしい。須田は好きだ。好きだから、あんまり会いたくない。会いたいけど会いたくない。自分でも不思議だ。 「智也、降りてきなさい」  一階の母さんが俺を呼ぶ。開きかけた本を閉じた。  すっかり馴染んでいる須田は夕飯を食べ、食後の映画タイムも満喫した。映画を見終わる頃には、時計の針は二十一時をさしていた。 「須田くん、今日は泊まっていきなさい。帰るには遅いだろう」  父さんの提案を、須田は二つ返事で受け入れた。 「須田のお父さんとお母さんだって、急に泊まるっていったら許さないだろ」  須田の両親には小学六年生の卒業式以来、会っていない。母さんはたまに電話をする仲らしい。専業主婦でのほほんとした気質の母とは間逆の女性だ。大手企業で働く須田の母さんは、たぐいまれなる言語能力を生かしている。英語・デンマーク語・日本語のトリリンガルだ。  須田の母さんがいれば、通訳も必要ない。通訳代わりに隣のチームの出張にもついていく。出張がない日も、家には遅く帰り早く出る。  同業他社に勤める須田の父さんも、似たような生活だ。結婚当初はミスター&ミセススミスと噂されたふたりらしい。が、同業他社は仕事上の争いも多い。須田の母さんが父さん側へのスパイ行為を疑われたのをきっかけに、家族ぐるみの付き合いは減っていった。  小学校の卒業式を区切りに、須田の両親は学校行事にも現れなくなった。それまでは何度か遊びに行っていた須田の家にも、以降まったく行っていない。両親の代わりに、おじいさんが学校行事に参加するようになった。三者面談もおじいさんが出席した。  そんな須田家だが、息子の外泊には厳しい。須田がおじいさんの家に毎週泊まるのも、よく思っていない。 「電話して、確認したほうがいいんじゃないの」  須田はイヤそうに携帯を取り出した。 「どうしても?」 「いわずに泊まったら、怒られるよ」  須田も、両親に確認をしたら「だめ」といわれると思っている。電話をしたがらない須田に電話をうながした。俺ほど須田家に詳しくない父さんと母さんは、どうしてそんなに電話をしたくないのか。反抗期かな? なんて瞳でみた。 「……もしもし」  須田が渋々かけた電話は、三コールで繋がった。 「母さん?」  明るい須田には似合わない声だ。低く潜められた声。ひと単語ずつ、区切るように話した。 「今日、智也の家泊まる。そう。中谷智也。母さんも知ってるだろ。そうだよ、中谷さん。うん。……迷惑かけない。智也の父さんと母さんも泊まっていいって」  須田は携帯を耳から離し、母さんに手渡した。 「母さんが、智也のお母さんにお礼をいいたいっていってます」 「あら」  携帯を受け取った母さんは、久しぶりの会話を喜んだ。 「いいって?」 「……うん」  珍しい。いままでも、母さんや父さんが夕飯後に須田を泊めようとした。大抵は、仕事帰りに両親のどちらかが迎えにきた。 「今日の夜中にアメリカ本社と会議だから、いいって」 「そっか」 「だめ?」 「え?」 「……智也は、俺が泊まるのイヤなのかなって」 「なんで?」 「あんまり……嬉しそうじゃなかったから」  唇を引き結んだ。そういう意味じゃなかった。ただ、持て余す感情に振り回されるのがイヤなだけだ。 「……イヤじゃないよ」  須田の肩を軽く叩く。 「母さんの電話長そうだから、先に風呂入ろう」  長電話の気配を感じる。父さんも「先に風呂に入りなさい」といってきた。 「智也、パジャマかなにか渡して。須田くんは背が高いから、智也の服じゃ間に合わないかもしれないけど」  母さんが電話をしている隙に、父さんはこっそりと冷蔵庫からビールを取り出した。 「父さん」 「一本だけ」 「怒られるよ」  須田の携帯はあとで回収することにして、二階に上がる。オーバーサイズのスウェットなら須田も着られるだろう。昔は、須田の服もうちに置いてあった。須田の両親がうちに遠慮するようになって、置いてあった服も引き取られた。 「これでいい? 着てみて」  グレイのスウェットを渡す。須田が着ると、オーバーサイズのスウェットはジャストサイズ未満のスウェットになった。長い手足に丈が足りていない。 「智也って、こんなに小さいんだ」 「喧嘩売ってる?」 「いや、マジで、なんか、実感してる」 「……身長でわかるだろ」  須田は百八十五センチの長身だ。対する俺は、百七十三センチ。高いとも低いともいえない。十二センチの差がある。  運動部で鍛えられた百八十五センチの肉体と、文化部でインドアな俺を比べないでほしい。 「ぱつぱつになっちゃった」 「きつくない?」 「きつくはないけど、のびるかも」 「いいよ。スウェットだから」  髪と瞳と同じ色のスウェット。ただのスウェットでも、須田が着ればセットアップにみえる。空港ファッションで騒がれる芸能人みたいだ。 「パジャマはそれ着て。タオルは下の風呂場にあるやつ、どれでも使っていいよ」 「俺が先でいいの」 「いいよ。父さんはしばらくビール飲んでそうだし」 「智也が先に入ったら」 「こういうときは、お客さんが先」 「俺と智也は客って関係じゃなくない?」 「いいから、はやく入って」 「一緒に入る?」  グレイの瞳を見上げる。にやりと細められた瞳を睨んだ。 「バカいってないで、さっさと入って」  部屋から須田を押し出す。ドアに額を押しつけた。 「軽くいうな」  一緒に入るとか。本気じゃないクセに。  ああ、でも、本気かもしれないな。  須田は俺を友達だと思っているから。

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