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第12話
俺が風呂に入っているあいだに、須田は母さんから携帯を回収していた。
須田の持ってきてくれた麦茶を飲んだら、眠くなってきた。携帯ゲームをする須田の横で、今日借りた本を開く。須田とは同じ空間にいても、べつのコトをしていられる。他人に気を遣う性格の俺は、家族でも同じ空間にいると気を遣ってしまう。自分の好きに過ごせばいい。母さんが韓流ドラマを観て、父さんが競馬新聞を読む隣で、俺は絵を描いていても本を読んでいてもいい。頭ではわかっていても、他人の気配に気が散る。
須田は気にならない。ゲームをしていようと、バスケ雑誌を読んでいようと、寝ていようと。なにをしていても、自由でいられる。
本を半分読み終わるとあくびが出た。
「眠い?」
「……うん」
「そろそろ寝る?」
「須田は?」
「俺も寝ようかな」
携帯ゲームを終えた須田は、ベッドの横に布団を敷いた。これも、俺が風呂に入っているあいだに須田と母さんが運んでいた。ほとんど須田しか使わない客用布団だ。
俺がベッドに横になると、須田は電気を消してくれた。
「いつもと逆だ」
おじいさんの家に泊まるときは、須田がベッドで俺が布団。最近は、須田も俺と一緒に布団で寝ている。
「……智也はこっち来ないの」
「は?」
「いつも俺が智也の布団に行くじゃん」
暗闇で瞳をこらす。布団を見下ろした。
「こっち来ないの?」
「行かない」
「なんで」
「なんでも」
「やっぱり、俺のコト避けてる?」
ため息が出た。なんでそうなる。
「避けてない」
「なら、こっちきて」
「なんで」
「なんでも」
「疑問に疑問で返すな」
「智也もした」
呆れた。寝返りをうつ。
「おやすみって、須田!」
「智也が来ないなら、俺が行く」
ベッドに潜り込んでくる身体を押す。
「下に母さんたちいる」
「え、うん」
きょとんとした須田に舌打ちをする。
「あ、舌打ち」
「もういい」
意識しているのは俺だけ。むなしい。背を向けたら、抱きつかれた。
「智也に抱きつくと落ち着く」
「……そう」
同じ部屋で眠るだけでも心臓が破裂しそうな俺は、抱きつかれると落ち着けない。
冷静な須田をみていると、俺だけが須田を意識していると……好きだと実感する。かたく瞳をとじていないと、涙が出そうだった。悔しい。悲しい。切ない。苦しい。なのに、嬉しい。ぐちゃぐちゃの感情が涙になろうとするのを、必死に堪えた。
必死に堪えれば堪えるほど、背中にある須田のぬくもりを知る。心臓の音が背中越しに聞こえた。
「あのさ、ゴールデンウィークひま?」
息がうなじにかかる。身をよじったら、耳に唇があたった。
「な、んで?」
「遊びに行こう」
「部活あるんじゃないの」
運動部にゴールデンウィークはない。四月に迎えた新入部員にとって、はじめての合宿がある。新しい体制で迎えるはじめての合宿だ。特に、バスケ部やサッカー部・野球部にとっては重要な合宿。この合宿で、主戦力となるメンバーが決まる。
「あるけど、一日休みあるから」
「休みなら休んだら」
「智也と遊びに行きたい」
「今日も遊んでる」
「こういうのもいいけど、もっと遠出したい」
「ドライブ?」
「智也はどこに行きたい?」
「須田は?」
「智也の行きたいところに行きたい」
言い出したのに、丸投げ。
「違うから」
「え?」
「最近、智也……俺を避けてただろ。だから、なんか、俺、おまえのイヤなこと……したんだと思う。ごめん。なにしたのか考えたけど、わかんない」
謝らないでほしい。悪いのは俺だ。背中を向けていた身体を動かす。須田の腕のなかでくるりと向きを変えた。
「違う! 須田が悪いんじゃない。悪いんじゃなくて、その、違う。須田は、その……悪くない」
避けていた理由を明かしたくない。明かしたら、いままでの関係性ではいられなくなる。
しどろもどろにいった。
「謝るのは俺、だと思う。ごめん」
グレイの瞳をみつめる。カーテンから漏れる月光がグレイを照らした。瞳も、髪も、黒よりも光を反射するグレイはきらきら光ってみえる。
「……ごめん」
須田は困ったように笑った。
「理由。聞きたいけど、だめ?」
黙っていると、背中をさすられる。俺が泣くとでも思っているのか。子供を慰める手つきでさすられた。
「いいよ。いえるときがきたら教えて」
一生こない。理由をいえる日は、俺と須田の友情が終わる日だ。
空気が重くなる。須田は咳払いをした。
「それでさ、一日休みだから。遊びに行こう」
「……何日?」
「五月六日」
「合宿は?」
「五月三日から五日」
「須田はいつ休むの」
「五日の夜」
「……六日は寝たほうがいいんじゃない?」
ぎゅうっと抱きつかれる。大きな子供のようだ。遊びに行きたいとゴネている。
「七日は学校だよ。四月の祝日も部活あるんだろ」
「あるけど……練習試合だから大丈夫」
「どこが」
「六日、空けといて。遊びに行こう」
「休んだほうがいいって」
「上野! 上野行こ。美術館行こう。好きだろ、智也」
名案だ! とばかりに顔をのぞき込んできた。
「絶対休んだほうがいい」
「智也と出かけたほうが休まる」
「……翌日学校休んでも、知らないから」
ニコニコ笑う須田を拒みきれない。合宿でしごかれたあとだ。連休最後の一日を残してあるのは、バスケ部のせめてもの慈悲。そんな日に身体を休めずに遊びに行くのは、愚の骨頂だ。
「楽しみ」
須田は六日にしたいコトを嬉しそうに話した。楽しみな予定を並べるうちに眠ってしまう。
すやすや眠る寝顔をぼうっとみた。額にかかる前髪を指先ではらってやる。子供のようだ。全身で楽しみだと伝えてくれて、すぐに眠る。
同じベッドで眠るのに、まったく俺を意識しない。
少しだけムカついた俺は、高く通った鼻先を指先でつまんだ。
須田も俺を……意識したらいい。同じベッドで眠れないほど、意識したら……いいのに。
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