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第13話
五月頭。
世間はGW一色。俺はというと、予定もない連休をすごしている。
今年は七連休らしい。父さんがリビングにいるせいで、日課の韓流ドラマ鑑賞ができない母さんは友人と連れ立ち新大久保に出かけた。
仕事が休みの日、父さんはリビングで本を読む。自室にいてくれたら、思う存分ドラマをみられるのに……。と、母さんはボヤく。
父さんの気持ちはわかる。ひとりでいるのはイヤなのだ。だれかと出かける趣味はなくても、ひとりきりでいるはイヤ。だから、母さんのいるリビングに顔を出す。
俺も同じだ。絵はひとりでも描ける。家で描いたほうが集中できる人もいる。幽霊部員ばかりの美術部に所属して、足しげく美術部に通うのは、ひとりきりでいたくないから。美術部には俺しかいなくても、窓一枚を隔てたグラウンドには運動部がいる。イスが床を擦る音が天井越しに聞こえるたび、廊下ではしゃぐ生徒の声が聞こえるたび、運動部のかけ声が聞こえるたび。孤独は薄れていく。
人間と関わるのを怖がっても、ひとりではいたくない。ワガママで臆病な俺にとって、美術室はオアシス。教室では息が詰まっても、美術室では息ができる。
GW中は、美術室には入れない。リビングで絵を描く気にはなれないから、部屋と図書館の往復だ。行き帰りは遠回りをして、近所を散歩する。それだけ。
面白味のない連休をすごす俺に対して、須田は「青春」を謳歌している。四月下旬は毎日朝から晩まで学校で部活、一昨日からは合宿だ。よほど忙しいのか……合宿が充実しているのか。須田からのメッセージは、合宿がはじまるとピッタリ止んだ。
バスケ部の部員は明るくて根がまっすぐだ。根暗の俺といるよりも楽しい。須田の好きなゲームの話もできる。四六時中友達がいるから、持て余すヒマもない。
ベッドに転がった。今日は朝から雨が降っていたので、図書館にも行かなかった。そろそろ、新大久保から母さんも帰ってくる。
ごろりと寝返りを打ったら、新着のメッセージがきた。須田だ。合宿は終わったのか。
身勝手な俺が顔を出す。
合宿中は連絡をよこさなかったくせに、ヒマになったら連絡をしてくるのか。メッセージくらい、五秒あれば送信できる。
ムッとして開かずにいると、通話がかかってきた。
「……なに」
拗ねた声が出た。須田にあたっている。須田は悪くないのに、俺が勝手に拗ねている。
須田は、機嫌の良くない俺の声にビクともしなかった。ひとの話し声が聞こえた。
ーあーおつかれ! うんまた~
「通話かかってるよ」
間違いか。
これ以上、俺以外の「だれか」と話す声を聞きたくない。通話を切ろうとした。
ーただいま
耳から離した携帯から聞こえた「ただいま」に胸が震えた。
ーただいま、智也
「……俺は須田のじいちゃんじゃない」
ーなんでじいちゃん?
笑い声がした。
ーいま合宿から帰ってきた。高速渋滞してたせいで、行きも帰りも四時間かかった……
すこしだけ、声がかすれている。疲労の滲んだ声。声変わりする前の須田の声からは想像もつかない、大人の男の声だ。身長も高い須田は、同年代の男子生徒より大人びている。
ーとも?
「あ、うん。おつかれ」
ーうん
「今日はじいちゃん家?」
ーうん、そう
「そっか」
合宿で疲れているなら、近いほうがいい。朝から晩まで、みっちりとスケジュールが詰まっていた。春合宿は、新入部員にとっては試練でもある。春合宿で退部する部員もいる。
ーあ、でも、俺がじいちゃん家に泊まるのは智也の母さんにはナイショな
「……いってないの?」
ー合宿は明日までっていってある
呆れた。部活とはいえ、連日家をあけた須田におじいさん家への泊まりを許すのはおかしいと思った。須田の両親、特に母さんは厳しい。たとえ自分の帰宅が明け方になろうと、家にいろという。
「いいの……?」
ーバレないって
「バレたら、じいちゃん家には二度と泊まらせてもらえないかも」
須田は声をあげて笑った。
ー智也は俺を何歳だと思ってんだよ
「でも」
ーもしそうなったら、うちには帰らない
「……え?」
ーじいちゃんの家に引っ越す
しん、と。一瞬だけ静かになった。冗談でいってはいない。本気だ。
ーどっちみち、大学に入ったらじいちゃん家に住むか一人暮らしする。許す許さないっていわれんのも、あと二年だけ
「……でも、その、一人暮らしするならお金とかいるんじゃないの」
須田の両親は一流企業に勤めている。実家と仲良くしていたら、支援してもらえる環境だ。仲良くというのは「いうことを聞く」という意味でもある。
高校一年の秋。免許を取った須田がバイクを買おうとしたときも、ちょっとした騒動になった。激怒した須田の母は許さないといって、家出した須田はおじいさんの家から学校に通った。
ーおかしいと思ったのよ。お小遣いも食費も渡してあるのに……。こんなことなら、夏休みのバイトなんて許さなければ良かった
数年ぶりにうちにきた須田の母さんを、母さんがなだめる姿を覚えている。夜中まで泣きながら……須田が思い通りに育ってくれないと嘆いていた。
ー親の気持ちなんて、子供は知らないのよ
母さんは須田の母親の肩を持った。母親にしか、親にしか、わからない気持ちがあるといった。
俺にはわからなかった。須田の母さんは、須田をーー鳥かごに入れたがっているようにみえた。
「一人暮らしも、その、須田の母さんはいいって……?」
笑っていた須田は黙った。駅のアナウンスが聞こえる。改札をくぐって、ホームにあがる気配がした。
ー俺たち、もう、十七になるんだぜ
静かな声。須田は言葉を噛みしめた。
ー来年は十八。大学生になる。自分のことは自分で決める年だろ。決めていいんだよ
そうだろ。同意を求められた俺は反射的にいっていた。
「須田は……。やっぱり、すごいよ」
ーすごい?
「俺は……。そんな勇気ない」
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