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第14話
両親の意図に反しても、許されなくても、自分の道を選ぶ覚悟。苦しさと引き替えにでも、選びたい道がある。
須田がまぶしい。
俺には、選びたい道すらない。
一人暮らしだって、するという発想がなかった。都内近郊の自宅から通える大学を選んで、親の庇護下で進学する。俺にとっての道筋は、親に甘えている。
「須田はやっぱり、すごい」
ーそんなに?
「うん」
須田と両親の折り合いが悪いのは知っている。須田が小学校の低学年の頃までは、家族ぐるみのつきあいだった。うちと須田の家でキャンプにも行った。
昔の須田は、両親が大好きだった。デンマーク語で母親に話しかけては、日本語での言い方を教えてもらって、教えてもらった日本語で俺に話しかけてくれた。
「母さんには……黙っとく。須田がおじいさんの家に泊まること」
ーさんきゅ
アナウンスが聞こえる。須田は咳払いをした。
ー帰ったら飯食ってシャワー浴びて寝そうだから、いまいう。明日あいてるよな
「明日……あぁ、うん。でも、やっぱり休んだほうが」
ー朝ゆっくり寝れば平気。迎えに行くの、十時でもいい?
「それって、ゆっくりできてるの?」
ー合宿中は五時起きだったから、よゆー
「……わかった」
ー十時な、バイクで行く
「うん」
暗くなった画面をみつめる。頬に熱がまわった。さっきまでつまらないと思っていた日常が、急に楽しいモノになる。
「ただいまー、夜ご飯にヤンニョムチキン買ってきたわよ。好きでしょ、智也!」
一階から、俺を呼んでいる声がする。転がっていたベッドから身を起こした。
「智也~、ご飯よ」
「いまいく」
階段を降りると、一日リビングにいたらしい父さんが定位置に待機していた。昼は父さんのつくった焼きそばだった。母さんがいると父さんは料理をしないけど、腕前はそこそこ。
「お昼はなにを食べたの?」
ヤンニョムチキンを温めながら、母さんが聞いてきた。
「焼きそば。父さんがつくってくれた」
「あなた、たまには私にもつくってよ」
父さんは照れくさそうに口角をあげた。
「母さんがつくったほうが美味しいだろう」
「また、そんなこといって」
話しているあいだにレンジが音を鳴らす。母さんの「新大久保で食べた韓国料理と流行の韓流アイドルの話」を聞きながらヤンニョムチキンを食べた。
ヤンニョムチキンなのに、汁物は味噌汁だった。いったら「智也がわかめスープつくって」といわれるから、いわないけど。
食事を終えると、父さんはソファに戻っていく。テレビの目の前を陣取った。明日一日我慢すれば、テレビの権利は母さんに戻る。諦めた母さんは、携帯をいじりながら食後のデザートを食べた。
「智也は明日は出かけるの?」
「須田と出かける」
「そうなの」
父さんが振り向いた。
「せっかくのGWなのに、家族で出かけないのか」
「出かけたかったの?」
「いいのよ。行楽地でインタビューされる家族連れをみたら、羨ましくなったんでしょ」
「智也が小さい頃は、須田くんの家と一緒によく出かけたなぁ。あ、ここ。毎年行っていたキャンプ場じゃないか?」
テレビはGW終盤を名残惜しげに報じている。グランピングを楽しむ家族がインタビューに応じていた。
「懐かしいなぁ」
「毎年っていっても、二年連続って程度だけどね」
「また行くか?」
「須田くんの家と?」
「そうだな。久しぶりに」
ふたり揃ってみてくる。
「……須田だけなら、来るかも」
「なんだ。須田くん、反抗期か?」
母さんが父さんの肩を叩く。叩かれた父さんはぽかんとしていた。
「おはよ」
朝十時といっていたのに、九時四十分にやってきた。朝食をくちに詰め込む。咀嚼しながら玄関を出た。
「はやい」
「楽しみだった」
昨日、電話で聞いた声よりも元気な声だ。かすれていた声にハリが戻っている。投げられたヘルメットを両手でキャッチした。今日も、投げられたヘルメットはきれいな弧を描く。
「いまさらだけど、いま上野混んでるんじゃない?」
「かも」
「じいちゃん家にする?」
バイクの後ろにまたがりながらいった。
「たまには人混みに出かけるのもいーだろ」
須田の腰に腕をまわす。もっと、といわれた。強引に腹にまわされる。
「落ちるよ」
「……はいはい」
ちからを込めて抱きしめる。満足した須田はアクセルを握った。
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