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第15話

 予想通り、GWの上野公園はひとでごった返している。講堂ではオペラのコンサートも開催されていた。  駐車場にバイクを停めるのも苦労した。バイクを停められる駐車場は少ない。タイミング良く、目の前で出たバイクと交代で停められた。あと一分遅ければ、近隣をもう一周していた。 「で、なんで上野?」  ヘルメットを仕舞った須田は「うん?」という。歩きながらグレイの髪を整えた。バイクに乗るときは、須田は髪になにもつけない。ヘルメットで押さえつけられた髪に、ヘンな癖がつくのをふせぐためだ。  艶やかなグレイの髪はさらさらしている。手で整えてやるだけで、つぶれていた髪は元通りになった。 「智也が好きかなって。美術館とか、あるだろ」 「そうだけど……」  GWの美術館なんて、行く場所じゃない。遠方に住んでいるならまだしも、上野はいつでも行ける。 「今日、ひと多いよ」  グレイの瞳が上野公園を見渡した。 「みんな美術館目当て?」 「そうじゃないけど……」 「行ってみよ」 「どこにする?」 「どこ?」 「上野公園に美術館はいくつあると思う?」 「一個?」 「四つ」  驚いている須田の手を引く。ぶつかりかけた女性は、須田を見上げて頬を染めた。若い女性はすみません、と謝るついでに話しかけてこようとしたので、俺は須田の手を引いたまま歩き出した。 「国立西洋美術館、上野の森美術館、東京都美術館、東京芸術大学にも美術館がある」 「そんなにあるんだ」 「西洋美術館は東洋館もあるよ」 「へえ……」 「須田、興味ないだろ」  西洋美術館の東洋館なら、まだ人口密度が低い。噴水のほうに歩いた。 「そんなことない」 「ふーん」 「……智也が喜ぶと思ったのに」  拗ねた須田を振り返る。おとなしく引かれていた手を放した。 「東洋館みたい」 「ほんと?」 「うん」  べつに、美術館に興味がないわけではない。美術館は好きだ。なにも、こんなにひとの多い休みに来なくてもいいとは思っただけ。 「学生証持ってきた?」 「映画館みたいな?」 「割引あるよ」  東洋館の窓口でチケットを購入する。入り口を見回していた須田は首をかしげた。 「ここ、きたことある」 「学校の遠足できた」 「あ、だからか」 「……そのときに、上野公園には美術館がひとつじゃないとも習ったと思うけど」 「そうだっけ」  けろりとした須田に息をつく。美術館初心者の須田とペースをあわせてみていたら、こっそりと耳打ちされた。美術館は静寂に包まれている。閉じこめられた静寂を壊さぬよう、須田は俺の耳元でささやいた。 「俺のことは気にしないで、好きにみてまわって」  グレイの髪が首筋にあたる。くすぐったくて、身をすくめた。  東洋館は地上五階から地下まである。  五階からみていたら、三階で須田の腹が鳴った。展示室にお腹の音が響く。白い頬が紅くなった。 「ご、めん……」 「お腹すいた?」  時計をみると、十四時をすぎていた。 「ごめん。時間みてなかった」 「いいよ、もうちょっとみよ」  ぐぅ。また腹が鳴る。今度は俺だった。 「……ごはん食べよ」  須田はくしゃりと笑った。  三時間も東洋館にいた。須田はきっと、つまらなかっただろう。東洋館を出てレストランを探そうとしたら、須田は公園の奥に歩いて行こうとした。 「駅のほうに行かないと、あんまりレストランないよ」 「弁当つくってきた」  リュックサックが揺れる。 「弁当?」 「うん。いい鯵があったから、アジフライつくりたくて」  公園の奥へと歩くほど、ひとが減っていく。文化施設のある手前に集中していた。上野公園を横目に、さらにひとの少ないほうを目指す。レジャーシートを敷いてピクニックを楽しむひとたちがみえてきた。 「ここにしよ」  須田の背負うリュックサックには、レジャーシートも入っていた。石をどけて地面に広げる。大きな水筒と、重箱の弁当も取り出した。 「運動会?」 「ふたり分なら、このほうがいいだろ」  重箱をドンッと渡された。 「あけてみて」  わくわくした瞳を向けられる。桜色の包みをほどき、漆塗りの重箱をあけた。 「須田って」 「うん」 「料理も……上手だよね」  花柄に切られた人参と目があう。飾り切りの人参は誇らしげに俺をみた。ハムとグリーンピースのポテトサラダ。ハーブを練り込んだウィンナー。キュウリとわかめの春雨サラダ。そして、大きなアジフライ。一段めだけで十分なボリュームがある。  おそるおそるあけた二段めには、俵型のおにぎりとサンドウィッチが並んでいた。おにぎりはほぐした鮭と野沢菜の混ぜご飯と、おかかとゆかりの混ぜご飯。サンドウィッチには、分厚いアボカドとローストビーフが挟んである。  三段めはデザートだった。パウンドケーキとタルト。タルトは、前に俺がSNSでみて食べたいといった春巻きの皮でクリームチーズを包むレシピでつくられている。彩りを意識してか、動物の顔のピックを刺してあった。 「これ……。つくったの?」 「うん」  自信満々の須田をじとりとみた。 「何時に寝た?」 「昨日? 十二時」 「何時に起きた?」 「……五時」  五時間しか寝ていない。 「……そんな瞳でみるなって」 「寝ろ」 「弁当つくりたくなっちゃったんだよ」  呆れた。須田は「でも」と手を上下に振っている。 「美味しそうだろ。それに、寝坊もしなかったし!」 「昨日まで合宿でしごかれてたのに……。身体、疲れてるんじゃないの」 「へーき! 若いから!」  肩をすくめられると、俺が悪い気がしてくる。弁当をつくってもらっておいて、ひどいかもしれない。 「……ありがと」  ぽつりといった。パッと顔を明るくした須田はえへへと笑う。 「智也が好きな味付けにした」 「俺の好きな味付け?」 「ちょっと甘め」 「……俺、甘めの味付けが好きなの?」  意識していなかった。須田が割ってくれた割り箸を受け取る。 「そうっぽい。甘めだと、おかず食べる量ちょっと多いよ」  知らなかった。  ていうか、須田、そんなに俺をみてるのか。  恥ずかしさを紛らわせようとして、飾り切りの人参を頬張った。 「あまっ!」 「人参グラッセ」  じとっと須田をみる。甘く煮てあるなんて思わないだろ。先にいってよ。 「人参グラッセ……嫌いだっけ? チキンのグリルのときとか、よく食べてると思ったんだけど」  人参グラッセを飲み込む。甘くなったくちでアジフライにかぶりついた。

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