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第18話
「智也、一緒に食べよ」
B組に堂々と入ってきた須田に手を引かれた。クラス中の視線が俺と智也に集まる。恥ずかしかった。掴まれた手をはらったら、須田は掴みなおしてくる。
「はなして」
「やだ」
「はなせよ」
「はなしたら、智也、どっか行くだろ」
「どっか行くってなに」
「だって、俺のコト、避けてたし」
ぐっと言葉を飲み込んだ。罪悪感が込みあがる。
「もう……避けない」
「ほんと?」
「うん」
「なにがあっても?」
力強く手を引かれる。引っ張られるままに廊下を歩いた。
「なにがあってもって……」
子供みたいだ。
須田は容姿は大人びているのに、ときどき、子供っぽくなる。俺よりも数段上を生きる大人っぽさをみせたと思ったら、幼くなる。
いま、俺の手を引く須田は子供だ。
一生のお願いを安易に何度もくちにする子供。
一生友達でいようと安易に誓う子供。
一生、こんな日々が続くと思って疑わない子供。
「返事、しないじゃん」
ハッとする。俺の手を掴む、豆だらけの手にちからがこもった。
「だって」
「なに」
「だって……」
なにがあっても、なんて。
いえない。
俺の気持ちを知ったら、須田はいまと同じではいてくれない。親友扱いも、友達扱いもしてくれない。なにがあっても避けないか、なんて。思わなくなる。
俺の気持ちを知った須田は、俺を避けるだろう。俺が避けるんじゃない。今度は俺が、須田に避けられる番だ。
なにがあっても一緒にいてくれるとは、思えない。
「あのさ」
苛立った声がする。
「智也はなにをぐちゃぐちゃ考えてんの」
「ぐちゃぐちゃ……」
「ぐちゃぐちゃだろ。俺と一緒にいたくねえの」
「そんなことない」
「なら、いえよ。うんって。なにがあっても避けないって、いえばいいだろ」
人気のない廊下を進んだ先の階段をのぼる。屋上に続く扉には鍵がかかっている。須田はもう片方手で数字をまわした。手首にかけた手提げが揺れる。
「鍵の番号、知ってるの」
「うん」
「……なんで?」
「バスケ部の顧問がここの管理者だから。前に打ち上げで屋上で写真撮ったときにみた」
ちゃかりしている。須田の打ち込んだ番号で鍵は開いた。開けた扉から、勢いよく風が吹き込んでくる。広い背が俺をかばった。
風が冷たい。春の生ぬるい空気をさらう風を胸いっぱい吸い込んだ。
「食べよ」
今日は母さんが友達とランチに行くから、弁当はつくってもらえなかった。弁当の代わりに五百円玉を渡されている。購買でパンを買って、昼食にするつもりだった。
「俺、今日は購買の日」
手ぶらをアピールする。須田は屋上の床にあぐらをかいた。用具入れのつくった影に座っている。
「つくってきた」
「須田が?」
「うん」
「なんで……?」
GWの合宿疲れか。連休明けの須田は眠たそうにしていた。
「昨日つくった残り?」
上野に持ってきてくれた弁当の残りを、詰めたのだろうか。
「ちがうちがう。じいちゃん家には行ってない設定だったろ」
「あ、そっか」
「昨日の夜、家でつくった」
大きなタッパーがふたつある。包んでいた布の上に置かれたタッパーを指さされる。
「食べよ」
「……だから、眠そうだったの?」
須田は「バレた?」という。呆れた。
「だって」
「だってじゃない。寝ろ」
「寝てるし」
「もっと寝ろ」
須田は動きすぎだ。もっと休まないと身体を壊す。バスケで酷使した肉体は、睡眠を取らなければ休まらないのに。
「座って」
おいでおいで、と手招きをされる。しかたなく、須田の横に座った。
「クリームチーズとおかかのおにぎり、好きだろ」
じとり。俺の視線に耐えかねたのか、須田は「わかった」と繰り返した。
「今日は寝る」
「……約束」
「うん」
おにぎりをかじる。クリームチーズとおかかのおにぎりが空腹に沁みた。
予鈴で教室に帰った。
食後、屋上でうたたねをしていた須田の瞳はしょぼしょぼしていた。あの様子だと、五限は居眠りをしているかもしれない。
教室に戻ると、広尾が声をかけてきた。
「中谷って、須田と仲いいんだな」
「うん……まあ」
須田と俺はタイプが違う。一緒にいるのを不思議がられても、おかしくはない。
広尾は机から教科書を取り出した。
「エプロンかりにきてたし」
「……うん」
「俺、中谷は物静かなタイプと仲良くなるのかと思ってた」
苦笑いを浮かべた。
「須田は……うるさい?」
「うるさいというか、明るい」
俺は根暗だと、暗にいっているのかな。
広尾は「違う」といった。
「いまの言い方だと、中谷が暗いみたいだよな」
「事実だよ」
「いや、そうかな」
広尾も苦笑する。
「暗くはないよ。繊細そうだとは思うけど」
「それは……」
暗いって意味だろ。
須田にいわれたらツッコんでいた。広尾にはツッコめない。たぶん、ここでツッコめたら、友達ができるんだろうな。
せっかく話しかけてくれたのに、広尾と楽しい会話ができない。
うつむいた。机から教科書を出す。いつもこうだ。広尾だけじゃない。広尾は悪くない。話しかけてくれる人は、みんな悪くない。悪いのは俺。せっかくの会話を広げられない。ちょっとしたジョークを流せない。
暗いよな、俺。と笑ったり。
それって俺が根暗って意味? とおどけたり。
いくらでも方法はある。友達のつくり方をネットで調べては、何度も試そうとした。クラスメイトに話しかけられるたび、授業でグループをつくれといわれるたび、緊張で身体は震える。「友達をつくる会話術」なんて出てこない。緊張でガチガチになった俺がうつむくから、クラスメイトはみんな気を遣う。
須田となら、ふつうに話せるのに。
「でもさ、それって、絵描きにとっては天性の才だよ」
広尾は明るくいった。いつも本を読んでいるせいで遠巻きにされているだけで、話せば明るい男だ。少なくとも、俺よりは。
広尾は椅子をきこきこいわせる。後ろの二本が体重を支えた。
「幽霊部員ばっかの美術部で、唯一毎日のように美術部に通う部員。次期部長」
曖昧に笑った。
「俺は、部長にはなれないよ。だれかほかの人がやる」
「部活にも出てない連中が?」
もうすぐ、次期部長が決まる。美術部は幽霊部員だらけなせいで、部長決めが遅れていた。顧問の先生は俺を指名している。毎日のように美術部に通う姿をみられていた。
なりたくなかった。
部長なんか、なりたくない。
部長になれば内申点が上がる。幽霊部員の中には、内申点目当てに部長をやりたがる人もいる。やりたい人がいるなら、やってもらったほうがいい。
部長になってほしいといってきた顧問に「できない」といったら、顧問は眉をさげた。
ー中谷くんは、もっと、積極的になってもいいんだよ
無理強いはされていない。けれど、断ったのに、顧問は俺を部長にといってくる。
「部活に出てなくても、俺よりも向いてる」
あんまりネガティブな発言をしたら、広尾を困らせる。わかっているのに、マイナス思考が止まらない。こういうとき、須田は「智也らしいな」と笑う。たまに「そっか」と合槌をうつ。それだけ。ポジティブを押しつけてこない。
五限の担当教師が教室に入ってくる。後ろを向いていた広尾は、前を向いた。
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