21 / 40

第21話

「ここで昼食べてもいい? 食べ物のにおいしたら気持ち悪くなる?」 「平気」 「ん。智也も、食欲あったら食べて」  須田は片手にさげていた手提げを開ける。サンドウィッチのタッパーを取り出した。  須田がサンドウィッチを食べるのをじっとみていた。小さくみえるくちが大きくひらいて、具だくさんのサンドウィッチを飲みこむ。  みていて飽きない。  食事をするとき、ひとはくちをあける。くちをあけると顔のバランスが崩れる。顔のバランスが崩れると、必然的に不細工にみえる。黙っていると美形の人が、笑うと顔が崩れてみえるのも同じ原理だ。  須田はくちをあけても顔のバランスが崩れない。整ったまま。かみさまは須田がくちをあけたときのバランスまで計算して、この世に須田を導いた。 「あんまりみられると……食べにくい」  照れた須田をみつめたままでいると、サンドウィッチの入ったタッパーを差し出された。 「智也も食べる?」  須田をみていたかった。でも、須田を無視したくない。しかたなくサンドウィッチをみた。具だくさんのサンドウィッチは、須田ひとりで食べるにしては量が多い。もうひとつのタッパーには、唐揚げと温野菜サラダも入っていた。 「智也と一緒に食べようと思ってつくった」  そういわれると、つい手がのびた。大好きな須田が俺のためにつくったと聞いて、食べずにはいられない。  俺が取りやすいように寄せられたタッパーから、サンドウィッチをひとつ取る。三種類のサンドウィッチが入っていた。アボカドとエビとブロッコリー、照り焼きチキンとレモン、ブルーベリージャムとマスカルポーネ。  照り焼きチキンとレモンのサンドウィッチを取ったら、須田は「やっぱり」と笑った。 「智也はほんと、甘い味付け好きだよな」 「……須田のつくる照り焼きチキンが美味しいだけ」  うちの照り焼きチキンよりも甘い。はちみつを贅沢につかったタレは食欲をそそる。母さんの照り焼きチキンは醤油の味がする。母さんのも美味しいけれど、須田のほうが好き。  ゆっくりと身体を起こす。背中に置いてくれた枕に身を預けた。 「いただきます」  照り焼きチキンのサンドウィッチをゆっくりと頬張る。甘い味が咥内に広がった。サンドウィッチをひとくち食べて、空腹に気がついた。  ぐぅ、と腹が鳴る。  須田は口角をあげた。 「食べて」 「……うん」  照り焼きチキンのサンドウィッチには薄切りのレモンが挟まっている。レモンの皮の苦みと身の酸味が甘さを引き立てた。文句なしに美味しい。 「美味しい」 「よかった」 「お店開ける」  本気だ。本当に美味しい。店で売っているサンドウィッチよりも美味しい。こんなに美味しいサンドウィッチを出す店があったら、毎日通う。  俺は本気なのに、本気にしていない須田は笑うだけだ。  照り焼きチキンとレモンのサンドウィッチはあっという間に食べ終わった。アボカドとエビとブロッコリーのサンドウィッチに手をのばす。 「美味しい」  さっきまで、嫉妬心と独占欲と優越感でいっぱいだった腹が須田のサンドウィッチでいっぱいになる。  瞳が熱いと思ったときには、頬を雫がつたっていた。  サンドウィッチを咀嚼する。瞳からあふれる涙はつぎつぎに頬を濡らした。 「智也?」  前ぶりもなく泣きはじめた俺に、須田は呆然としている。困らせる。泣きやまないといけない。  涙は止まってくれなかった。頬を濡らした涙は顎からシーツに落ちる。 「ごめん」  咀嚼したサンドウィッチを飲み込む。涙の味がした。 「なんか……あった?」  おそるおそる聞いてきた須田に「なんでもない」と返す。いえない。俺の胸に巣喰った嫉妬心を認めたら、いままでの俺ではなくなってしまった。なんて、いったところで須田にはわからない。 「もういっこ食べる?」 「うん」  照り焼きチキンとレモンのサンドウィッチに手をのばす。ふたつめでも、ひとつめと変わらずに美味しい。  黙々と食べはじめた俺を、須田はしばらく観察した。泣き出した理由を聞こうとして、やめて、聞こうとして、やめてーー。  数回繰り返すうちに、切り替えてくれた。 「ブルーベリーとマスカルポーネも食べて」 「デザートにする」 「唐揚げ食べる?」 「食べる」  おかしい。須田となら、こんなにも簡単に話せる。  俺はやっぱり、須田以外に友達は欲しくないのかもしれない。  ブルーベリーとマスカルポーネのサンドウィッチまで食べた。満腹になると、腹の奥に渦巻いていた感情の居場所はなくなった。  満腹になって、醜い感情の居場所がなくなったから気が晴れたのか。須田が俺をーー気遣ってくれたから気が晴れたのか。考えたくない。 「腹いっぱいになった?」 「うん」  ベッドに横になる。須田は止めなかった。あと五分で昼休みが終わる。予鈴を聞きながら瞳をとじた。いつもまじめに出席しているんだ。今日くらい、サボってもいい。  俺の体調が優れないと思っている須田は、気遣わじげに声をかけてくる。 「早退する?」 「ううん」 「どっち」 「平気」 「少し寝る?」 「うん」 「わかった」  瞳をあける。須田は丸椅子に座ったままだ。 「教室もどっていいよ」  須田までサボらせる気はない。  十分に満たされたこころは落ち着いている。  さっきまでだったら、あの手この手で須田を保健室につなぎとめた。 「俺もいる」 「いいよ。須田は授業受けてきて」 「やだ。俺も……寝たいし」 「それはサボり」  自分もサボりのクセに、俺は偉そうにいった。 「いいじゃん」 「内申点下がるよ」 「いいよ」 「よくない」 「いい。十分ある」  自信満々に胸を張られた。 「須田は」 「うん」 「バスケ部の推薦で大学にいくの?」  須田とも進路の話はしないでいた。というより、俺は勝手に、須田は推薦で進学すると思いこんでいた。 「迷ってる」 「そうなの?」  意外だった。だれもが推薦枠を狙う。一般受験をしないで大学へ進学できるなら、そのほうがいい。受験戦争の勉強は地獄だ。 「推薦よりも上を狙うの?」  須田の頭なら、国立も受かる。ただ、国立受験を目指すなら、いままでの生活は難しくなる。毎日部活にあてている時間を勉強にあてないと、国立大学は受からない。 「推薦の大学さ、東京なんだよな」

ともだちにシェアしよう!