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第26話
俺を取り囲んでいた女子生徒たちは黙った。しんと静まる。三メートル離れた場所で、黄色い歓声がまたあがった。
「告白されても、須田が好きじゃなかったら、断るだろ。須田の気持ちは無視?」
ハッとする。言い過ぎた。
真由子という少女が俺の頬を叩こうとする。ぎゅっと瞳をつぶった。
「なにしてんの」
「……須田くんっ」
「智也、なにしてんの?」
おそるおそる瞳をあける。真由子という少女は、俺を殴ろうとした手を自分の手で握りしめていた。
「……須田」
隣にきた須田は、真由子という少女たちをみた。
「いま智也を殴ろうとした?」
少女は顔を紅くする。涙を流す彼女を、周囲の女子生徒がかばった。
「中谷くんが」
「智也がなに」
少女は「もういい」という。声を震わせた。
「真由子!」
女子生徒たちは俺を睨んでから、駆けだした少女を女子生徒が追う。だれかが「最低」と吐き捨てた。
「……ごめん」
「智也が謝ることない」
「でも」
「いいから」
黄色い歓声をあげていた女子生徒たちは皆、俺たちをみていた。
須田に腕を掴まれる。部室の前で待つようにいわれた。シャワーも浴びずに、着替えだけした須田はすぐに部室を出てきた。
「帰ろう」
「部活は?」
「今日は終わり」
最寄り駅から自宅までの道を歩くうちに、よけいなコトをした罪悪感が湧いてくる。謝らずにはいられない。
「ごめん」
家の前で、須田は足を止めた。うちは須田の家よりも駅に近い。一緒に帰る日は、うちの前で須田と分かれる。
「あのさ」
逃げるように家に帰ろうとした俺に、須田は顔をしかめる。
「なんで謝るの」
「……須田に迷惑、かけたから」
俺とあの子の一連の出来事は、須田をみようと集まった女子生徒たちにみられていた。向けられた無数の瞳は俺を非難した。思い出すだけで、足がすくむ。
我慢するべきだった。言いたいことを我慢するのは、得意なはずだ。
クラスで遠巻きにされたときも。聞こえる距離で陰口を叩かれたときも。俺は黙っていた。言いたいことをいえなかった。
どうしてーーいってしまったのだろう。
我慢すればよかった。須田が告白される姿は、いままでに何度もみた。須田との仲を取り持ってほしいと何度も頼まれてきた。一度も応えなかった。応えない俺を、女子生徒は非難した。
けち。ずるい。暗い。少しくらい協力してくれてもいいのに。
俺の気持ちを無視した言葉を聞き流してきた。聞き流せていた。今日にかぎって、どうして?
黄昏時が暗闇に染まる。リビングの電気が眩しかった。
「謝らなくていいよ」
「……でも」
「どう考えても、智也は悪くないだろ。さっきの子、智也を殴ろうとしてた」
「それは……俺が」
「智也は悪くない」
そうなのかな。そうだったら、いいな。
「あの子……須田に告白した?」
須田は気まずそうに顔を背ける。
「だったら?」
「断られても諦められないから、須田との仲を取り持ってほしいって……いわれた」
「へー。それで、智也に断られたから殴ろうとしてたんだ」
須田は呆れたように笑った。
「やっぱ、智也は悪くねーだろ」
そうなのかな。須田にいわれると、そんな気がしてくる。
「考えすぎ」
「……ごめん」
「謝るなよ」
「ごめ」
「謝るの禁止!」
髪をかき混ぜられる。大きな手で黒髪をぐしゃぐしゃにされた。
「明日、じいちゃん家泊まるよな」
「え?」
髪をなおそうとした手を止める。須田は、俺がデッサンの自分にキスしたのを忘れたんだろうか。
「泊まれよ」
有無をいわせない口調に、俺はうっかりうなずいた。須田は満足げに笑った。
「明日の夜はなにが食いたい?」
「なんでも」
「それが一番困る」
「須田のつくる料理なら、なんでもいい」
グレイの瞳をみつめる。こんな風には、二度と話せないと思っていた。勝手に、俺は、思いこんでいた。
須田の優しさに甘えている。須田は「気持ち悪いかわからない」といった。優しいから、みなかったことにしてくれた。須田のなかでは、あのキスはなかったことになったんだ。だから、優しくしてくれる。
安堵で胸が軽くなった。ネガティブで染まった思考回路に陽が差す。
「明日な」
笑顔で手を振ってくれる須田をみていた。一秒でも長くみていたかった。いつまでも家に入らない俺に須田が手をのばしてくる。くるりと向きを変えられた。
須田をみていた瞳に玄関が写る。背中を押されるままにインターホンを押した。母さんの「おかえり」という声がする。鍵を開けた母さんは、俺を迎え入れた。
「お腹すいた?」
母さんは俺にしか話しかけない。振り返ると、須田はいなくなっていた。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
家にあがって、一緒に夕飯を食べたかった。許してもらえただけでは物足りない。ワガママな俺はどこまでも、須田に甘えている。
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