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第30話

 週末は須田のおじいさんの家に泊まった。事情を知った母さんは、俺が須田のそばにいるのを許してくれた。  ーいっしょにいてあげて  おじいさんが入院したと聞いた母さんは「こんなときこそ、友達が支えてあげるのよ」といった。胸の痛みに気がつかないフリをした。  土曜日。面会時間にあわせて病院に行った。バイクを走らせる須田は緊張していた。  須田を励まさないといけない。なのに、病院のアルコールのにおいをかぐと俺も身体がこわばった。総合病院は年中無休。忙しく働く医師と看護師をみていると、こころが波打ってくる。  須田はナースステーションで来訪を告げた。整った顔にみとれかけた看護師は、何度も名前を繰り返した。 「えっと、へんりっく、ヘンリック・ラーセンさんですね」 「ラーセンは名字で、ヘンリックが名前です」 「あ、ああ、ええと」 「じいさんです。昨日救急車で運ばれた外国籍の高齢者いますか」  看護師はこくこくうなずく。頬を染めた看護師は須田に気があるそぶりを何度もみせた。わざわざ病室まで案内されても、須田はなびかなかった。特別扱いに慣れている須田は、これくらいでは「特別」とも思わない。  個室に入院しているおじいさんは、俺たちを歓迎した。 「智也くんもきてくれたのか」 「……すみません、こんなときに」 「どうして謝るの?」 「俺、その」 「きてくれて嬉しいよ」  面会時間が終わるまでおじいさんの個室にいた。おじいさんは甘いものをリクエストしてきたので、一階のコンビニで果物ヨーグルトとプリンとどらやきを買った。 「甘いものばっかり食べないで、夕飯も食べろよ」 「もちろんだよ」  おじさんはどらやきを美味しそうに食べた。いつも通りのおじいさんの姿に、須田は泣きそうな顔をした。すぐに安堵の表情に変わる。一瞬みせた幼い表情に、おじいさんも気がついた。 「ただの風邪だよ」 「……肺炎になりかけたらしいけど」 「点滴を打って、しばらく安静にすれば治る。心配なら、主治医の先生に聞いておいで」  タイミングよく、主治医が顔を出した。須田が面会にきていると聞いて、診察のあいまをぬってきてくれた。 「ヘンリックさんのお孫さんとお友達、すっごく格好いいですね」  中年の男性医師は朗らかにいう。おじいさんは「そうでしょう」と嬉しそうに笑った。  主治医と話すあいだ、俺は廊下に出た。身内でもない人間が聞くにはプライベートな話題。五分ほどして、主治医が病室を出てくる。会釈をした。 「智也」  引き戸から顔を出す須田に手招きされる。病室に戻ると、頬を膨らまされた。 「出て行かなくてもよかった」 「聞けないよ」  家族同然に育ってきても、家族ではない。  面会時間の終わりまでおじいさんと話した。かわりばんこに看護師がやってきたのは、おじいさんと須田の顔をみるためだ。ナースステーションはグレイの美丈夫の話題でもちきりなのだろう、きっと。  日曜日も面会に行った。おじいさんは「毎日来なくてもいいよ」という。 「明日は学校だから」 「ああ、そうか」 「ちょっと入院したくらいで、ボケるなよ」  ボケないか心配になったおじいさんのために、一階のコンビニでクロスワードパズルを買った。  病院の帰りにうちに寄ってもらった。制服だけを持って外に出る。 「夕飯食べていったら」 「いい」  母さんは「そう」という。バイクに跨がる須田をみると、安心した顔をした。 「須田くん。なにかあったら、いつでも頼ってね」 「ありがとうございます」 「遠慮なんかしないで」 「須田くんも、私の息子だと思ってるんだから」  須田はヘンな顔をした。泣きそうなのを堪える顔だ。ヘルメットからは目元しかみえない。母さんは気がついていない。 「いこう」  バイクの後ろに跨がる。なんとなく、あのままでいると須田が泣き出してしまいそうな気がした。  赤信号でバイクを停めた須田は、前を向いたままいった。 「智也の母さんって、マジで母さんって感じだよな」 「マジで母さん?」 「ひとそれぞれっていうけど。うちの母さんは……母さんっていうよりも、社会人女性って感じ」 「……うちの母さんは、須田の母さんみたいに美人じゃないし、いつもソファで韓流ドラマみてるよ」 「隣の芝生は青くみえるのかな」  信号が青になる。バイクはなめらかに走り出した。  ふと、須田にいわれなくても強く抱きついている自分に気がつく。抱きつく腕にちからをこめた。

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