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第31話

 月曜日。  学校に着くと、須田はあっという間に取り囲まれた。隣にいた俺は遠くに押しやられる。よくあることだった。 「どうしたんだよ」 「なんかあった?」 「須田が早退だろ?」  野次馬も心配性もいる。須田はあいまいな返事をした。 「先輩怒ってた。ごめん。須田が早退するぐらいだから、ワケがあるっていったんだけど……」  山内に、須田は「ありがとな」という。 「先輩に謝ってくる」 「俺も行く」  山内と連れだって三年の教室に向かう背中をみつめた。いつも通りの須田だ。幼い子供のみせる怯えも恐れもない。いつも通りの須田の姿に、俺も胸をなでおろした。  放課後では、病院の面会時間に間に合わない。  昼休み。須田はこっそり、おじいさんに電話をしていた。屋上なら教師の目もない。ヒマをもてあますおじいさんは、病院に置いてある推理小説を日本語の勉強がてら読んでいた。  須田は部活にも参加した。体育館に行く姿を見送った俺も、美術室に向かった。  今日はこころが落ち着いている。絵を描こうと思えた。クロッキー帳のまっさらなページに鉛筆を走らせる。須田と一緒にみる屋上からの風景を描きたい。記憶を頼りに鉛筆を走らせた。  デッサンは、あるがままを描くのが基本。  けれど、遊びなら、どう描いてもいい。  屋上からみえる景色を記憶だけで描いたら「みたまま」にはならない。それでいい。  五月の空。真っ青な空の下にある住宅街を描く。雑居ビル、赤い屋根の家、グラウンド、駐車場、電柱、遠くにみえる山々。  思い出そうとせずとも手が動く。何度もみた風景は身体に馴染んでいた。  眩しい夕陽が美術室に差しこむ。須田を、ここで、デッサンした日も夕陽が綺麗だった。  夕陽をみようと顔を向けると、大きな窓の向こうに女子生徒がみえた。数名でかたまって歩く女子生徒はじゃれあっている。髪をふたつに結った少女もいた。真由子という少女だ。須田にフられて泣いていたときとは、印象がまったく違う。明るく笑う真由子は、色素の薄い髪を揺らした。  失恋のショックで髪を切ってもいない。  真由子は強い。好きな人に想いを断られても、自分のままで生きている。 「いいな」  つぶやいたのは本音だった。  俺は、彼女に嫉妬した。素直に気持ちを伝えられる彼女が羨ましかった。  俺も、須田に気持ちを伝えられたらーー。  気持ちを伝えるだけでいい。  告白するだけでいい。  気持ちを受け取ってもらえなくてもいい? 「……はは」  自嘲した。  気持ちを伝えるだけでいい?  告白するだけでいい?   気持ちを受け取ってもらえなくてもいい?  そんなワケない。きれいごとだ。  須田に告白するだけでいいと思えない。須田にーー俺と同じ気持ちでいてほしい。同じ気持ちになってほしい。  人差し指の腹を唇にあてる。須田の唇は柔らかかった。キスを知った唇を撫でる。  須田はどうして俺にキスをしたのかーー知るのが怖い。

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