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第33話
水曜日。
夜も深まった二十三時。寝ようとしたら、須田から通話がかかってきた。
「須田?」
こんな時間に電話がかかってるのは、珍しい。
なにかあったのか。まさか、また、おじいさんが?
ー親と喧嘩した。今日、泊めて
「喧嘩?」
ーこの時間だと、じいちゃんはもう寝てるから
歩きながら話している須田は「ダメ?」という。
「いいと思う……」
寝ころんでいたベッドから起きあがる。一階に降りた。
「母さん、須田が親と喧嘩したから泊めてほしいって」
あとは寝るだけの姿で韓流ドラマを楽しんでいた母さんは「あら」という。
「だめかな」
「いいわよ。そういうときこそ、うちにきてほしいものよ」
「聞こえた? 母さん、泊まっていいって」
ーさんきゅ
「どのくらいで着く?」
ーいっぷん
すぐにインターホンが鳴る。寝間着姿の母さんは寝室に行った。いくら須田でも、寝間着姿をみせるのは恥ずかしいらしい。
「いらっしゃい」
「うん……」
須田も寝間着のスウェット姿だった。
「寝るとこだった?」
「そんな感じ」
のそのそと玄関で靴を脱いでいる。
「夕飯食べた?」
「……うん」
「食べてないんだ」
「食べたけど、食べてる途中で喧嘩しはじめたから」
キッチンの棚を開ける。袋麺を取り出した。冷蔵庫の豚肉・ネギ・もやし・玉子と合わせれば、腹は膨れる。
「インスタントラーメンでいい?」
須田は「うん」といった。
いつもは料理をしない俺でも、インスタントラーメンはつくる。具材と煮込んだ味噌ラーメンにネギを散らす。つくっていたら、俺も食べたくなった。二人前つくったラーメンを、須田と俺で分けた。須田には多めによそってある。
「智也も料理できるんだ」
「これくらいは」
須田は行儀良く手をあわせて「いただきます」という。うちに常備されている須田用の箸でラーメンを食べた。
「いつもと逆だ」
ただのインスタントラーメンを、須田は美味しい美味しいと喜んで食べる。
「そんなにお腹すいてたの」
「だれかがつくってくれた料理って、自分でつくる数倍美味く感じる」
俺はいつも、だれかにつくってもらった料理を食べる。両親に自分が料理を振る舞う須田は、俺のつくった煮込みすぎたラーメンを味わった。
「またつくる」
「やった」
スープをすべて飲もうとする須田を止める。ラーメンのスープは残してと怒ったら、けらけら笑われた。
須田は家で風呂に入っていたので、ふたりで二階にあがった。仕事で遅くに帰ってきた父さんは、須田がいても驚かなかった。
「須田くんがいるなら、駅前でハンバーガーでも買ってくればよかったな」
「智也にラーメンをご馳走になりました」
「ああ、智也の数少ない料理のレパートリーだね」
父さんに挨拶をした須田が二階にあがってくる。うちにきたときには沈んでいた表情は、ずいぶんと明るくなった。
「須田の布団出すの手伝って」
「智也のベッドで寝る」
「狭い」
「いつも一緒に寝るじゃん」
諦めてベッドに入る。須田は本当に入ってきた。腕が身体に絡む。抱きしめるだけでは終わらなかった。
俺をぎゅっと抱きしめた腕が尻に触れる。手のひらが身体の線を撫でた。唇が近付く。熱で潤んだグレイの瞳がキラキラしている。
「智也」
熱っぽく俺を呼ぶ声。上がる体温に反比例したこころが冷めていく。
顔をそむけてキスを拒んだ。胸板に腕を突っ張る。
あの夜のキスは、憔悴しきった須田のーー程度のすぎた俺への甘えだと思っていた。
いましようとしたキスは、なんだ。いまの須田は憔悴していない。親と喧嘩したせいで不安定? 寂しい? そうかもしれない。
でもーー。
受け入れられなかった。
俺の須田への恋心を、弄ばれている。
「やめて」
明確な拒絶に、須田は瞳を見開いた。グレイの瞳が丸くなる。アーモンド型の瞳が好きだった。キラキラした瞳が好きだった。驚いた表情が好きだった。
いま驚くのは、おかしい。
俺がキスを拒まないと思っているのは、おかしい。
胸板を手のひらで押す。びくともしない須田を押しのけようとした。
「寂しい?」
グレイの瞳をみつめる。睨んでいないと、泣き出しそうだった。怒りをにじませた声に、須田はびくりとする。
「そんなに人肌恋しいなら、断らなきゃいいだろ。あんなに告白されてるんだから」
よりどりみどりだ。須田を好きな人は何人もいる。告白してくれた子から、好きな子を選べばいい。
一夜限りの付き合いでもいいという子もいる。寂しさを分かちあう関係性を望む子もいる。
セフレも、恋人も。須田なら選び放題。
グレイの瞳を睨む。須田の喉仏が上下した。
「だれでもいい、わけじゃない」
やめろといったのに、須田は俺を抱きしめる。はなせといっても、はなしてはくれなかった。
胸板を手のひらで押しのければ押しのけるほど、強く抱きしめられた。胸板で頬がつぶれる。
「俺はッ!」
続きは出てこなかった。いうのが惜しかった。ここで「セフレじゃない」とか「都合のいい人間じゃない」といってしまったら、須田とセックスできなくなる。いまの俺は「須田への恋心を弄ばれた」苦しみが強い。けれど、半年後の俺は? 一ヶ月後の俺は? 明日の俺は?
須田とセックスができるなら、なんだっていいかもしれない。
醜い自分に呆れる。
結局俺は、逃げ道を残す。須田にぶつかって、本気だと訴えない。本気だと訴えて断られたときのコトばかりを考える。
本当に欲しいものは、本気で求めなければ手に入らない。
手に入れようと努力もしない俺は、その程度の扱いしかされない。
須田にも、社会にも、世界にも。
瞳をとじた。眠ってしまえばいい。眠った俺には、須田は手を出さない。手を出されても、眠っていればわからない。
こんな夜にかぎって睡魔はきてくれない。いつまでも、瞳をかたくつぶっていた。
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