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第34話
キスを拒んだ俺に、須田は「いつも通り」接する。ほら、やっぱり、その程度の扱いしかされない。
卑屈になる頭を振った。須田のせいじゃない。俺にも責任がある。一歩踏み込めば、ナニかが変わったかもしれない。
金曜日。屋上で弁当を食べていると、須田が遊びに誘ってきた。
「いつ?」
「明日」
「明日は行けない」
「なんで?」
「上野に行くから」
「俺も行く」
「須田、興味ないだろ」
箸をしまう。カラになった弁当箱を包み直した。
「明日出かけるから、今日はじいちゃん家泊まらない」
「は?」
須田は理解できない、とでも言いたげだ。
「明日出かけるにしても、泊まればいいじゃん。バイクで上野まで送る」
「駅で待ち合わせだから」
「……待ち合わせ?」
「うん」
「だれと」
広尾だ。昨日、教室で画集をみていたら、広尾が興味を示した。広尾は鈍いのか、関わろうとしない俺に話しかけてくる。俺と仲良くしたいというよりも、好奇心が強いせい。
俺がみていた画集の画家が上野で展覧会を開いているから、一緒に行かないかと誘われた。学生はペア割りチケットがある。安く展覧会をみたいだけ。展覧会をみたら、すぐに解散でいいという。
画集に載っている絵が日本に来るのは、史上初。興味がわいた。
いつまでも須田だけではいられない。とも、思いはじめていた。須田と同じだけ仲良くできなくてもいい。学校で会えば一言二言交わして、たまに世間話に花を咲かせる。それだけできれば十分。
はじめての友達が須田だった俺は「友達」のハードルを上げすぎていた。互いの家に泊まらないと「友達」といえないなら、世の中の人のほとんどは友達がいない。
友達と話す練習に、広尾は最適だ。毎日話しかけてくれる。広尾は鈍いから、俺が上手く話せなくても気にしない。適当に切り上げてくれる。
「……友達」
須田は呆然としている。
「ともだち?」
「そう」
「智也の友達は俺だろ」
おかしい。須田は、俺に自分以外の友達がひとりもいないと思っている。
悔しい。須田には友達が大勢いる。俺は大勢の友達のなかのひとり。なのに、俺には須田しか友達がいない。
唯一の友達だから、友達に向ける以上の想いを向けてしまう。分散しない感情は、すべて須田に向かう。
友達が数人いれば、感情は分散する。
「須田のほかにも、友達はいる」
「いないだろ」
「いる」
「バレバレなウソつくなよ」
「ウソじゃない」
須田は舌打ちをした。
ムカつく。なにがそんなに気にくわないんだよ!
「須田のほかにも、友達はいる。小学生の頃とは違う!」
帰国子女で日本語は話せなかった須田。
クラスに馴染めずに絵ばかり描いていた俺。
浮いたもの同士、惹かれあうのは必然だった。
十年近い年月が経ち、俺たちは変わった。
須田は日本語が上達して、生活も学習も不自由がなくなった。
俺は相変わらずクラスに馴染めずに、絵を描いてばかりいる。
大勢の友人がいる須田。自分の世界に閉じこもろうとする俺。
これから、俺たちの差はどんどん大きくなるのかもしれない。大学生になったら、環境もがらりと変わる。同じ学校だから、かろうじて同じ世界をみていられた俺たちは、違う世界をみるようになる。
社会人になったら?
大学までは同じでいられても、会社まで同じではいられない。俺と須田は得意分野が違う。
同じではいられない。
いつまでも、同じではいられない。
その証拠に、須田は東京以外の大学に進学する道も模索している。
俺ばかりが必死だった。俺ばかりが須田に執着していた。
「俺は」
カラになった弁当を抱いた。
「俺は、須田の友達のなかのひとりだろ」
「どういう意味」
「須田は、俺のほかにも友達がいるだろ!」
須田しかいなかった俺とは違う。須田は小学校でも、すぐに友達をつくっていた。
お互いが唯一の友人だった時期なんて、ほんの二週間程度だ。
日本語が話せなくても追いかけっこはできる。ドッジボールはできる。大縄はできる。
言葉の壁を易々と飛び越えた須田は、俺が馴染めなかった小学校のクラスに馴染んだ。
須田はグレイの髪をかき混ぜた。大きな手で乱暴にかき混ぜる。
「智也はアイツが好きなの」
「なんで、そうなるんだよ」
「聞いてんだけど。つか、やっぱそうなんだ。広尾と行くんだ」
須田は舌打ちをした。
「広尾といるほうが楽しそうだよな」
目の前が真っ赤になった。
須田にだけはいわれたくなかった。俺がおまえを好きなのを知っているくせに、どうして、そんなコトがいえるんだよ。
整った顔を殴りたい。ぼこぼこに殴って、俺の胸の痛みを須田にも感じさせたい。
「……俺に、ほかに友達ができたら、ダメなの?」
グレイの瞳を睨む。涙を堪えるためではない。須田が憎らしかった。
「須田に恋人ができたら、須田しか友達がいない俺はどうなるの。いままで通りではいられない。俺よりも、恋人を優先するようになる。そうしたら、俺はまた、ひとりになる」
曇天から雨粒が落ちる。瞳の下に落ちた雨粒が頬をつたった。
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