34 / 40

第34話

   キスを拒んだ俺に、須田は「いつも通り」接する。ほら、やっぱり、その程度の扱いしかされない。  卑屈になる頭を振った。須田のせいじゃない。俺にも責任がある。一歩踏み込めば、ナニかが変わったかもしれない。  金曜日。屋上で弁当を食べていると、須田が遊びに誘ってきた。 「いつ?」 「明日」 「明日は行けない」 「なんで?」 「上野に行くから」 「俺も行く」 「須田、興味ないだろ」  箸をしまう。カラになった弁当箱を包み直した。 「明日出かけるから、今日はじいちゃん家泊まらない」 「は?」  須田は理解できない、とでも言いたげだ。 「明日出かけるにしても、泊まればいいじゃん。バイクで上野まで送る」 「駅で待ち合わせだから」 「……待ち合わせ?」 「うん」 「だれと」  広尾だ。昨日、教室で画集をみていたら、広尾が興味を示した。広尾は鈍いのか、関わろうとしない俺に話しかけてくる。俺と仲良くしたいというよりも、好奇心が強いせい。  俺がみていた画集の画家が上野で展覧会を開いているから、一緒に行かないかと誘われた。学生はペア割りチケットがある。安く展覧会をみたいだけ。展覧会をみたら、すぐに解散でいいという。  画集に載っている絵が日本に来るのは、史上初。興味がわいた。  いつまでも須田だけではいられない。とも、思いはじめていた。須田と同じだけ仲良くできなくてもいい。学校で会えば一言二言交わして、たまに世間話に花を咲かせる。それだけできれば十分。  はじめての友達が須田だった俺は「友達」のハードルを上げすぎていた。互いの家に泊まらないと「友達」といえないなら、世の中の人のほとんどは友達がいない。  友達と話す練習に、広尾は最適だ。毎日話しかけてくれる。広尾は鈍いから、俺が上手く話せなくても気にしない。適当に切り上げてくれる。 「……友達」  須田は呆然としている。 「ともだち?」 「そう」 「智也の友達は俺だろ」  おかしい。須田は、俺に自分以外の友達がひとりもいないと思っている。  悔しい。須田には友達が大勢いる。俺は大勢の友達のなかのひとり。なのに、俺には須田しか友達がいない。  唯一の友達だから、友達に向ける以上の想いを向けてしまう。分散しない感情は、すべて須田に向かう。  友達が数人いれば、感情は分散する。 「須田のほかにも、友達はいる」 「いないだろ」 「いる」 「バレバレなウソつくなよ」 「ウソじゃない」  須田は舌打ちをした。  ムカつく。なにがそんなに気にくわないんだよ! 「須田のほかにも、友達はいる。小学生の頃とは違う!」  帰国子女で日本語は話せなかった須田。  クラスに馴染めずに絵ばかり描いていた俺。  浮いたもの同士、惹かれあうのは必然だった。   十年近い年月が経ち、俺たちは変わった。  須田は日本語が上達して、生活も学習も不自由がなくなった。  俺は相変わらずクラスに馴染めずに、絵を描いてばかりいる。  大勢の友人がいる須田。自分の世界に閉じこもろうとする俺。  これから、俺たちの差はどんどん大きくなるのかもしれない。大学生になったら、環境もがらりと変わる。同じ学校だから、かろうじて同じ世界をみていられた俺たちは、違う世界をみるようになる。  社会人になったら?  大学までは同じでいられても、会社まで同じではいられない。俺と須田は得意分野が違う。  同じではいられない。  いつまでも、同じではいられない。  その証拠に、須田は東京以外の大学に進学する道も模索している。  俺ばかりが必死だった。俺ばかりが須田に執着していた。 「俺は」  カラになった弁当を抱いた。 「俺は、須田の友達のなかのひとりだろ」 「どういう意味」 「須田は、俺のほかにも友達がいるだろ!」  須田しかいなかった俺とは違う。須田は小学校でも、すぐに友達をつくっていた。  お互いが唯一の友人だった時期なんて、ほんの二週間程度だ。  日本語が話せなくても追いかけっこはできる。ドッジボールはできる。大縄はできる。  言葉の壁を易々と飛び越えた須田は、俺が馴染めなかった小学校のクラスに馴染んだ。  須田はグレイの髪をかき混ぜた。大きな手で乱暴にかき混ぜる。 「智也はアイツが好きなの」 「なんで、そうなるんだよ」 「聞いてんだけど。つか、やっぱそうなんだ。広尾と行くんだ」  須田は舌打ちをした。 「広尾といるほうが楽しそうだよな」  目の前が真っ赤になった。  須田にだけはいわれたくなかった。俺がおまえを好きなのを知っているくせに、どうして、そんなコトがいえるんだよ。  整った顔を殴りたい。ぼこぼこに殴って、俺の胸の痛みを須田にも感じさせたい。 「……俺に、ほかに友達ができたら、ダメなの?」  グレイの瞳を睨む。涙を堪えるためではない。須田が憎らしかった。 「須田に恋人ができたら、須田しか友達がいない俺はどうなるの。いままで通りではいられない。俺よりも、恋人を優先するようになる。そうしたら、俺はまた、ひとりになる」  曇天から雨粒が落ちる。瞳の下に落ちた雨粒が頬をつたった。

ともだちにシェアしよう!