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第36話

「昼に智也の家行ったら、もう出かけたっていうから」 「……須田?」 「送り迎えしてやるっていったのに」  須田は俺の手を掴んだ。 「今日はじいちゃん家泊まるだろ。智也の母さんにも、俺が伝えといた」  怒っている?  びくびくする俺に、須田は眉をさげた。  違う。怒りじゃない。この顔は……。 「拗ねてる?」  ぽろりとくちからこぼれ落ちたのは、事実だったらしい。須田は分が悪そうに舌打ちをした。 「いこ」  手を引かれる。須田は俺をバイクの後ろにのせた。  おじいさんの家のリビングは真っ暗だった。人の気配がない。 「じいちゃんは?」 「ゲートボール仲間と旅行。一泊二日で鬼怒川だってさ」 「退院したばっかりで?」 「だよな。俺も止めた」  おじいさんは「絶対に行く」といって聞かなかったらしい。 「ゲートボール仲間にも止められてた。いつしぬかわからないから、遊べるときに遊んでおきたいんだってさ」 「へえ……」 「あんまり飲むなよっていっておいたけど、守らないだろうな」  ポットで沸かした湯で紅茶を飲む。アッサムをミルクティーにする須田をみていた。須田は紅茶にもコーヒーにもミルクを入れる。広尾はブラックで飲んでいたな。  携帯が鳴った。ティーカップを置く俺を、須田はグレイの瞳だけで追う。 「だれから?」  不思議そうだ。俺が携帯をいじるときは決まっている。連絡も、父さんか母さんか須田しかよこさない。 「親?」  やけに突っこんでくる。リュックサックにしまおうとした携帯を奪われた。 「なに」 「だれからかなって」 「須田に関係ない」  グレイの瞳が細められる。須田はディスプレイを俺の顔に向けた。顔認証でロックが解除される。手をのばしたら、片手で両手首を押さえつけられた。 「……広尾と連絡先交換してんだ」 「勝手にみるな」 「また遊びに行こう、だって」 「読むな!」 「俺が返信していい?」 「いいわけないだろ」  須田は携帯をソファに投げた。革の上で携帯がバウンドする。 「俺といるより、楽しかった?」  グレイの瞳が俺を射抜く。縋ってくる須田にとまどった。 「そんな、わけ」 「俺の絵にキスしてたくせに」  そんなわけない。須田と一緒にいるほうが楽しい。  慰めようとした言葉が消えていく。とまどいから落胆に変わった。  やっぱり、須田は俺をからかっている。俺の恋心を弄んでいる。 「俺が好きなら、俺とだけいればいいだろ」  須田は吐き捨てた。端正な顔がゆがむ。顔をゆがめても美しい。ずるい。俺が同じ顔をしたら、醜くてみていられない。 「なに、その顔」 「……須田は俺だけじゃないだろ」 「俺だけじゃないって、なに。いまそんな話してない。俺が好きなら、智也は俺とだけ一緒にいればいい」 「好きだよ」  唇が近付く。キスを求める須田から、一歩あとずさった。 「でも、須田の好きとは違う」  キスを拒まれた須田は一歩踏みこんでくる。 「俺も智也が好き」 「やめて」 「好きだよ」 「やめろ!」 「好き」  逃げようとしたら、手首を引かれた。掴まれていた手首のせいで、簡単に引き寄せられる。顔をそむけてもムダだった。唇が重なる。 キスは重なるだけでは終わらなかった。下唇を舌先で舐められる。背筋が震えた。 「やめっんぁ!」  ひらいたくちに分厚い舌が入ってくる。ぐるりと咥内を舐められた。身体のちからが抜ける。へたりこみそうになる足を叱咤した。  熱い舌はあまい。脱力した舌に分厚い舌を絡められた。くちゅり、と音がする。粘膜のふれあいに涙が滲んだ。   悔しい。  舌を絡めたキスをする心地よさに悔しさが重なった。  手首を掴んでいた手をはらった俺は、整った顔を平手で打った。呆然とする須田は俺の咥内から舌を抜く。手の甲で唇をこすった。 「帰る」 「まてよ」 「触らないで」 「智也!」  抱きしめようとする腕を叩く。何度も叩いた。何度叩いてもやめてくれない。それどころか、腕を掴んだ須田は二階の部屋へと俺を引きずった。   須田を何度も殴る。びくともしなかった。須田を蹴ろうとした足が空振る。ベッドに倒れこんだ。俺の腕を掴んでいた須田が倒れてくる。シーツの上。身体でつぶした俺をみて須田はーー身体をこわばらせた。 「須田は……俺が好きっていうけど」  俺の腕を掴む手からちからが抜ける。するりと抜け出した腕を、須田の首にまわした。 「俺の好きはこういう好き」  グレイの瞳をみつめた。瞳をそらしても逃がさない。追いかけてみつめた。 「須田は俺とセックスできる?」  猫のようにしなをつくる。経験豊富なフリをした。 「俺の好きは、そういう好き。友達の好きじゃない」  妙に冷静な自分がいる。感情は波ひとつたてない。ゆるやかな流れに身を任せた。  こうなることは、決まっていた。  須田と出会ったときから。いつか、俺と須田はこうなると決まっていた。 「好きなら、俺を抱いてよ」

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